ここまで説明した内容をまとめて振り返ります。
花が教えてくれること
2026.05.22
皆さんこんにちは。本日はマタイの福音書6章を中心に、「花が教えてくれること」というテーマでお話しします。自然界の美しい営みを通じて、神様が私たちに何を語りかけておられるのかを共に考えていきましょう。
本日のメッセージ
聖書が語る被造物の教えと永遠の視点
1
野の花が放つ香りと自尊心
2
変わりゆく世界と変わらない神の言葉
3
二人の主人と日ごとの糧への信頼
4
嵐の中から語る神の圧倒的な主権
5
まず第一に神の国を求める生き方
© The Arthur Hollands Show
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本日のメッセージは5つの項目に沿って進めてまいります。野の花の自尊心から始まり、変わらない神の言葉、日ごとの糧への信頼、ヨブ記にみる神の主権、そして最後に私たちがまず第一に求めるべき神の国について順を追ってお話しいたします。
野の花が放つ香り
© The Arthur Hollands Show
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第一章として、まずは野の花が放つ香りと、そこから私たちが学ぶべき存在価値についてお話ししていきます。
森の中の一輪の紫の花
山奥 of 暗い森で誰も来ない場所に咲く姿
周囲に人がいなくても 神の栄光を現すために咲く姿
誰に見せるためでなく 自尊心と自立心を持って香る
寂しさを超えた 唯一無二の存在価値 の自覚
© The Arthur Hollands Show
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ある時、私は山奥の誰も来ない深い森の中で、一輪の紫の花に出会いました。その花は寂しがることもなく、ただ神様に造られたものとして、神の栄光を現すために堂々と咲いていました。人間は都会の中でも孤独を感じますが、この花は神と共に生きる自尊心と自立心を私たちに教えてくれます。
悼む心と菊の花
夏目漱石『硝子戸の中』にみる愛と無常
あるほどの菊投げ入れよ棺の中
— 夏目漱石
© The Arthur Hollands Show
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夏目漱石の硝子戸の中に出てくる私の好きな句です。自立して生きた親しい女性作家の葬儀に赴いた際、漱石の心に浮かんだ言葉です。棺の中に溢れるほどの菊の花を投げ入れたいという強烈な思いの中に、亡くなった人への深い哀悼、愛情、精度、そして人間の命の儚さと死の現実が浮き彫りにされています。花は私たちの感情を代弁してくれる存在です。
反戦歌にみる命の循環
ピート・シーガー作詞『Where Have All the Flowers Gone?』
1
少女が野の花を摘み取る
2
少女は男のもとへ嫁いでいく
3
男は兵隊として戦場へと向かう
4
戦死した兵隊は墓に葬られる
5
墓はやがて美しい花で覆われる
© The Arthur Hollands Show
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1960年代に大ヒットした反戦歌、花はどこへ行ったの歌詞です。少女が花を摘み、嫁ぎ、男は兵隊として戦場へ行き、死んで墓に入り、その墓がまた花で覆われる。そして再び少女が花を摘むという、戦争の愚かさと悲しみのループが描かれています。私たちはいつになったらこの無常な繰り返しから学ぶことができるのでしょうか。
変わりゆく世界と変わらない言葉
© The Arthur Hollands Show
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第二章として、移り変わる人間の歴史と、決して変わることのない神様の言葉の対比について見ていきましょう。
人の栄華と神のことば
第一ペテロ1章とイザヤ書40章にみる対比
滅びゆく人間の世界
すべての人は 草のようである
人間の栄華は 草の花のようである
主の息吹が吹けば 草は枯れ花もしぼむ
どれほど土地を争っても 最後は大地のものとなる
永遠に立ち続けるもの
神のことばは 永遠に変わらない
福音のことばが 真の豊かないのちを与える
変わりゆく社会の中でも 決して揺るがない土台
人となって来られた イエス・キリストの光
© The Arthur Hollands Show
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聖書は、すべての人は草のようで、その栄えは野の花のようだと語ります。どんなに権力を持ち、栄華を極めても、時が来れば枯れてしぼんでしまうのが人間の現実です。しかし、私たちの神の言葉は永遠に立ち続けます。この変わらない御言葉こそが、私たちに朽ち果てない真の命と祝福をもたらしてくれます。
二人の主人と日ごとの糧
© The Arthur Hollands Show
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第三章では、私たちが日々直面する思い煩いや、お金と神様との関係について考えていきます。
神への隷属 vs 富への奴隷
マタイの福音書6章24節にみる主人の選択
神を主人とする生き方
心の王座に 主を据える
イエスのくびきは 負いやすく荷は軽い
本来の人間性を回復し 良き管理者となる
天に宝を蓄え 人々に祝福を与える
富を主人とする生き方
心の王座に 自己や富を据える
富への隷属は 奴隷のくびきを負うこと
相続や財産をめぐる 醜い争いやカオスを招く
どれだけ蓄えても 死と共にすべてを失う
© The Arthur Hollands Show
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イエス様は、誰も二人の主人に仕えることはできないと言われました。神と富の両方に仕えることは不可能です。富を主人にすることは、終わりのない奴隷のくびきを負うようなものです。一方、神様に仕えることは、負いやすく軽い荷を負い、本来の豊かな人間性を引き出してもらう自由な生き方へと導かれます。
空の鳥と野の百合を見よ
天の父による完全な養いと装い
空の鳥の養い
種も蒔かず刈り入れもせず倉にも納めないが天の父が養われる
野の百合の装い
働きもせず紡ぎもしないが栄華を極めたソロモン以上の美しさ
人間の確信
今日あっても明日は炉に投げ込まれる草さえ装うならましてあなたがたを
鳩や白サギの姿
川で魚を捕り自然の中で豊富に与えられている健康的な営み
アリからの学び
一生懸命に働く姿をじっと見つめることで自らの思い煩いが吹き飛ぶ
ヤモリの堂々さ
恐れることなく王の宮殿に入り込んでいく被造物のたくましさ
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イエス様は、空の鳥を見なさい、野の百合がどうして育つのかをよくわきまえなさいと仰いました。彼らは心配して思い悩むことはありませんが、神様によって完璧に養われ、ソロモン王の衣服よりも美しく装われています。神様は、これら被造物よりもはるかに高価で尊い存在である私たちを、必ず顧みてくださいます。
妻「百合」を通して変えられた人生
成増教会での森部君の回心と家庭の回復の証し
家庭を顧みず遊び三昧で 離婚の危機にあった過去
「野のゆりを見なさい」で 妻の百合さんを顧みていない ことに気づく
夫婦で洗礼を受け ジーザスの愛を伝える証人 へと変貌
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ここで一つの素晴らしい証しを紹介します。かつて成増教会に、家庭を顧みず離婚寸前だった森部君という男性がいました。彼がある時、この野のゆりを見なさいという箇所を読んだ際、ゆりとは自分の妻の百合のことではないかと強く示されました。彼は自らの罪を悔い改め、奥様と共に洗礼を受け、現在は主の愛を伝える素晴らしい証人として歩んでいます。
嵐の中から語る神の主権
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第四章では、旧約聖書のヨブ記に目を留め、人間の理解をはるかに超えた神様の偉大な主権と創造の世界について見ていきます。
雪の倉と廃墟に萌える若草
ヨブ記38章にみる神の圧倒的な自然界の奥義
知識のない言葉で 摂理を暗くする人間の傲慢 への問いかけ
戦いの日のために備えられた 大自然の雪や雹の倉の存在
人間の住まない荒野に雨を降らせ 若草を萌えさせる主の配慮
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大富豪でありながらすべてを失い、友人たちと言い争っていたヨブに対し、神様は嵐の中から現れました。「知識もなく言葉を並べて摂理を暗くする者は誰か」と問いかけ、人間の見たこともない雪の倉や、誰も住まない荒野に雨を降らせて若草を生やす大自然の営みを示されました。ヨブは自分の無知を悟り、「今はこの目であなたを見ました」と告白したのです。
まず第一に求めるべきもの
© The Arthur Hollands Show
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最後の章として、私たちがこの一時的な世界でどのように生きるべきか、永遠の視点を持つメンタリティーについてお話しします。
明日の心配を捨てて今日を喜ぶ
神の国と神の義を第一に求める約束
神の国と神の義の最優先
この世の富や他者との比較に心を奪われる負のスパイラルから抜け出し永遠の視点を持つ
天の父の完全な把握
衣食住など私たちの肉体に必要なものは天の父がすべてあらかじめ知っておられるという信頼
一日の労苦と今日という日
明日のことは明日自身に心配させ主が設けられた今日という日を全力で喜び楽しむ歩み
© The Arthur Hollands Show
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イエス様は、何を食べようか何を着ようかと心配するのはやめなさい、これらは異邦人が切に求めているものだと言われました。大切なのは、まず神の国と神の義を第一に求めることです。そうすれば、必要なものはすべて付け加えられます。明日の心配をせず、主が備えてくださった今日という日を感謝して喜び歩みましょう。
ここまで説明した内容をまとめて振り返ります。
私たちは、一粒の麦として地に落ちて死に、多くの実を結ばれたキリストの枝です。どこに置かれようとも、神が共にいてくださることを確信し、この地を神の国へと変えていく大きな働きを、イエス様と共に歩んでまいりましょう。お祈りいたします。