NEW DIGEST MOVIE

不良牧師、 殉教の島へ。

五島列島十字架行進ダイジェスト【潜伏キリシタンの島】

潜伏キリシタンと殉教の歴史が刻まれた五島列島で、 アーサー・ホーランドが十字架を背負い、祈りながら歩いた旅の記録をダイジェストで公開しました。

Music: Turn Your Eyes Upon Jesus - Stephen McWhirter

ARTHUR HOLLANDS

WALK ACROSS GOTO ISLANDS 2026 アーサーホーランド 五島列島十字架行進 2026

2026年6月、長崎県・五島列島を舞台に十字架行進が行われました。 海を渡り、島から島へ。祈りを込めて十字架を掲げ、五島の道を歩いた日々を記録しています。

ABOUT THE WALK

信仰の足跡をたどり、十字架を掲げて歩く。

福江島、久賀島、奈留島、若松島、そして上五島へ。 それぞれの島に刻まれた歴史を覚えながら、祈りとともに一歩一歩進んでいく旅です。

01

島から島へ

海を渡り、島々の道を歩きながら、祈りを込めて十字架を掲げます。

02

キリシタン史を覚えて

五島列島は、日本のキリシタン史において重要な舞台の一つです。

03

記録を更新していくページ

現地から届く映像、写真、ドキュメンタリーの情報をこのページに追加していきます。

HISTORY AND PRAYER

祈りを受け継いだ島々へ。

かつて多くのキリシタンが、信仰を守るために長崎本土から五島へ移り住み、 厳しい時代の中で祈りを受け継いできました。今回の行進では、その信仰の足跡をたどりながら、 十字架を掲げて歩いていきます。

DEPARTURE REPORT / 2026.06.21

快晴の空と海を越えて、五島列島へ。

羽田空港から長崎、そしてプロペラ機で福江島へ。 出会いと期待に満ちた、五島列島十字架行進の旅の始まりです。

2026年6月21日(日)、五島列島へ向かう旅が始まりました。 羽田空港のロビーでは、アーサー先生のことをご存じの方が声をかけてくださり、 思いがけない出会いに励まされる温かなひとときとなりました。

羽田空港のロビーでアーサー先生のことをご存じだった方と話す場面
羽田空港での思いがけない出会い アーサー先生のことをご存じの方が声をかけてくださり、旅の始まりが温かな時間になりました。
羽田空港のターミナルを歩くアーサー先生
羽田空港のターミナルを歩いて 出発ゲートへ向かう通路を歩くアーサー先生。これから始まる五島列島への旅の期待が高まります。

羽田から長崎へ向かう飛行機には、今回の十字架行進に参加する方々の姿もありました。 羽田空港のターミナルを歩くアーサー先生の背中にも、これから始まる旅の気配が重なります。 参加者の顔ぶれを目にするにつれ、いよいよ五島列島での歩みが始まるのだという実感と期待が高まっていきます。

この日は父の日でもありました。 アーサー先生は、お父様とのツーショット写真をスマートフォンで見せてくださり、 「これは西成の鶴見橋の辺りで撮ったんだよ」と語られました。 五島へ向かう旅の始まりに、父を思う静かなひとときも重なりました。

羽田空港の長崎行き搭乗口の表示
羽田から長崎へ 搭乗口に表示された「長崎」の文字。五島列島へ向かう一日の始まりを印象づけるショットです。
父の日にお父様とのツーショット写真をスマートフォンで見せるアーサー先生
父の日に見せてくださった一枚 この日は父の日。お父様とのツーショット写真を見せながら、「これは西成の鶴見橋の辺りで撮ったんだよ」と語ってくださいました。

長崎空港で乗り継ぎの時間を過ごした後、プロペラ機に乗り換えて五島列島へ。 大きな飛行機から小さな機体へと移ると、旅の雰囲気も一気に島旅らしくなってきます。 機窓から見えてくる島々も、これからの歩みへの期待をさらに高めてくれました。

長崎空港で五島列島へ向かうプロペラ機に乗り込む場面
長崎空港からプロペラ機へ 大きな飛行機から小さなプロペラ機へ。島旅の空気が一気に近づいてきます。
五島列島へ向かうプロペラ機のタラップを上るアーサー先生
タラップを上り、五島列島へ プロペラ機に乗り込む瞬間。いよいよ福江島へ向かう実感が高まります。

後藤さんは、私たちとは別のルートでフェリーに乗り、海から五島列島へ向かわれます。 私たちは空路、後藤さんは海路。それぞれ異なる道を通りながら、同じ目的地を目指します。 フェリーから届いた映像には、青い海に伸びる航跡と、遠くに近づく島々の姿が映っていました。

ひと足先に島に早入りした後藤さんは、島を散策し、 島の中には十字架やロザリオを売っているお店もあると教えてくださいました。

フェリーの後方に広がる航跡と五島列島へ向かう海
後藤さんは海路で五島へ フェリーから届いた海の映像。青い海に航跡が伸び、島々が少しずつ近づいていきます。
五島列島の島内で見つけた十字架やロザリオの小物
島の中にある十字架とロザリオ ひと足先に島に早入りした後藤さんが、島内を散策し、十字架やロザリオを売っているお店もあると教えてくださいました。

五島つばき空港(福江空港)に到着すると、海路で島へ渡ってきた後藤さんと合流。 この日は思っていたほど暑くはなく、天気も良かったことに少し驚かされました。 なんと現地のレンタカーではなく、陸路と海路をはるばる走り継いで、 お馴染みのアーサー号で来てくださいました。

「せっかく来るなら、これやないと値打ちない。すでにアーサー号を見たたくさんの人が声をかけてくれて、興味を持ってくださったよ」と後藤さん。

五島つばき空港到着後に車窓から見えた緑と空
思ったほど暑くない福江島 空港に到着すると、思っていたほど暑くはなく、天気も穏やか。島の緑と空が旅人を迎えてくれました。
五島つばき空港で後藤さんとアーサー号に合流する場面
五島つばき空港でアーサー号と合流 海路で渡ってきた後藤さんは、レンタカーではなく、お馴染みのアーサー号で到着。陸路と海路を越えて合流しました。

この日は空も海も快晴。機内から見下ろす海は青く輝き、島々の姿が少しずつ近づいてきます。 6月21日(日)から福江島に滞在し、翌日6月22日(月)から、いよいよ五島列島での十字架行進が始まります。

五島つばき空港で笑顔を見せるアーサー先生
後藤さんのカメラに映った到着の笑顔 五島つばき空港での到着時、後藤さんが撮影した映像から。島に着いた喜びがそのまま表れた一枚です。
プロペラ機の窓から見える五島列島の島々
機窓から見えてきた島々 プロペラ機の窓の向こうに島影が見え始め、これからの旅への期待をさらに高めてくれました。
五島つばき空港の滑走路脇に停まるORCのプロペラ機
五島つばき空港に到着したORC機 山並みと海に囲まれた空港で、五島列島の旅が本格的に始まります。

EVENING REPORT / 2026.06.21

夕方、五島キリスト教会で語られたメッセージ。

福江島に到着したその日の夕方、五島キリスト教会でメッセージ集会が開かれました。 旅の始まりは、島での出会いと祈りの時間へと続いていきます。

教会に到着すると、五島キリスト教会の中村先生が温かく迎えてくださいました。 メッセージの会場へ向かう途中にも、立派なカトリック教会の建物が見えました。 島の所々に教会があり、キリシタンの歴史が町並みからも感じられます。

五島キリスト教会の中村先生がアーサー先生を温かく迎える場面
中村先生の温かなお迎え 教会に到着すると、五島キリスト教会の中村先生が温かく迎えてくださいました。集会前から、五島で待っていてくださった思いが伝わってきます。
メッセージ会場へ向かう途中に見えた五島のカトリック教会の建物
町並みに刻まれたキリシタンの歴史 会場へ向かう途中にも、立派なカトリック教会の建物が見えました。島の所々に教会があり、五島の歴史が町並みからも伝わってきます。

夕食時には、今回、はるばる秋田からいらしたひとみさんとお友達にも出会いました。 さらに会場へ向かう途中には、沖縄から来た上原さん、大阪から来たHIROさんの姿もありました。 HIROさんは以前、沖縄でアーサー先生からカップルで洗礼を受け、 その後、大阪ではお母さまも洗礼を受けられた方です。 それぞれの場所で与えられた出会いが、五島で再び一つにつながっていきました。

秋田から来たひとみさんとお友達、アーサー先生がアーサー号のそばで話す場面
秋田から来たひとみさんとお友達 はるばる秋田から来られたひとみさんとお友達。アーサー号のそばで、旅の中に与えられた出会いが重なりました。
大阪から来たHIROさんが教会へ向かう道で話している場面
大阪から来たHIROさん 以前、沖縄でアーサー先生からカップルで洗礼を受け、その後大阪ではお母さまも洗礼を受けられたHIROさん。五島でも再び歩みが重なりました。

教会の掲示板には、この日のメッセージ集会のポスターが貼られていました。 夕方からの集会への期待も高まっていきます。 集会は賛美から始まり、五島キリスト教会の中村先生の案内のもと、 会堂には静かで温かな空気が満ちていました。

五島キリスト教会の掲示板に貼られたアーサー先生メッセージ集会のポスター
教会の掲示板に貼られたポスター 会場へ着くと、掲示板にはこの日のメッセージ集会の案内が。夕方からの時間への期待も高まっていきました。

まず後藤さんが、今回の五島列島十字架行進に至るまでの歩みを証ししてくださいました。 バングラさんが、 「五島列島へ行こう」と語っていたこと。 その思いを受け継ぐように、今回の行進が始まったこと。 そして、自らの人生の深い痛みの中でアーサー先生と出会い、 「この神様を信じたら、自分の人生は変わるのかもしれない」と思わされ、 やがて十字架を担ぐ歩みへ導かれていったことが語られました。

後藤さんは、アーサー先生から言われた言葉として、 「ラッキーとかついてるっていうのは、いつ始まっていつ終わるかわからんよ。神の愛は一生続く」 という一言を紹介しました。 絶望を知っていた人が、今は島々を越えて証しを語っている。 その姿そのものが、五島の夜に静かな励ましを残していました。

五島キリスト教会で証しを語る後藤さん
後藤さんの証し 人生の痛みの中でアーサー先生と出会い、十字架を担ぐ歩みへ導かれていった後藤さん。神の愛は一生続くという実感が語られました。

その後、アーサー先生が座って会場に語りかけるようにメッセージを届けました。 五島に受け継がれてきた信仰の歴史に触れながら、 「一粒の麦が地に落ちて死んだ時に多くの実を結ぶ」という言葉をもとに、 人生にどのような種をまき、どのような実を結んでいくのかを問いかけます。

メッセージの中心にあったのは、混沌の中に光が与えられるという希望でした。 人生が自分の目にはぐちゃぐちゃに見える時でも、そこに神の息吹と光が与えられるなら、 景色はまったく違って見えてくる。 「誰でも、どんな人でも、イエス・キリストの愛の中なら新しく造られる」 という言葉が、会堂の中に深く響いていきました。

五島キリスト教会でメッセージを語るアーサー先生
五島キリスト教会でのメッセージ 座って語りかけるように、アーサー先生は一人ひとりへ向けてメッセージを届けました。

そして翌日から始まる十字架行進について、 アーサー先生は、五島列島に住むすべての人々のため、 そしてこの地に守られてきた信仰の種から、新たな信仰復興の火種が起こされるように祈りながら歩くと語りました。 メッセージの最後には、心の扉を開き、イエス・キリストを迎える祈りへと導かれました。

集会後には、教会の皆さんと集合写真を撮影。 五島列島での十字架行進を前に、旅の初日は、空と海の移動だけでなく、 ここで与えられた出会い、証し、祈りによって締めくくられました。

五島キリスト教会でメッセージを聞き祈る会場の様子
祈りへと導かれた会場 メッセージの最後には、心の扉を開き、イエス・キリストを迎える祈りへと導かれていきました。
五島キリスト教会での講演会後に撮影した集合写真
講演会後の集合写真 講演会の後、教会の皆さんとともに。翌日からの十字架行進へ向けて、温かな交わりの時間となりました。

DAY 01 REPORT / 2026.06.22

雨の福江島を、十字架とともに歩き出す。

五島列島十字架行進1日目。福江港から白良ヶ浜万葉公園へ、 384号線を中心に約20kmの歩みが始まりました。

DAY 01 福江港 → 白良ヶ浜万葉公園 20km / 384号線

2026年6月22日(月)の朝。 前日の到着と五島キリスト教会での集会を経て、いよいよ十字架行進の初日を迎えました。 出発前にはアーサー号の中で御言葉を分かち合い、祈りを合わせます。

この朝に読まれたのは、ローマ書12章。 一つの体に多くの器官があるように、それぞれに与えられた賜物を持ち寄り、 キリストにあって協力し合うことが語られました。 小さな力が十字架のもとで重なり、大きな歩みになっていく。 その思いを胸に、福江港からの一日が始まりました。

アーサー号の中で聖書を開き朝のディボーションをするアーサー先生
アーサー号での朝のディボーション 出発前、アーサー号の中でローマ書12章を開き、御言葉を分かち合って祈りを合わせました。
福江港周辺から十字架を担いで歩き出すアーサー先生と参加者
福江港から歩き出す 初日の行程は福江港から白良ヶ浜万葉公園へ。町の道から、十字架行進が始まりました。
十字架を担ぐ参加者と並んで歩くアーサー先生
参加者と肩を並べて アーサー先生、後藤さん、参加者たちが交代しながら、十字架を担いで進みます。

祈りの中では、「私たちは計画をするけれど、事を成すのは神ご自身です」 という言葉が置かれました。 秋田から来たひとみさんとお友達、沖縄から来た上原さん、大阪から来たHIROさん、 そして前夜の集会で温かく迎えてくださった五島キリスト教会の中村先生。 五島で出会う一人ひとり、 そしてこの地に刻まれてきた信仰の歴史を覚えながら、 その日の一歩一歩が守られるように祈って出発しました。

アーサー先生も自ら十字架を担ぎ、参加者たちと並んで歩きます。 曇り空の下、湿った島の空気の中を進む姿には、 前夜に語られた「キリスト教ではなく、キリストと生きる」というテーマがそのまま重なっていました。

道中では、中村先生がご自身の証も分かち合ってくださいました。 かつてブルーベリー農園を営んでいた時、木陰で休みながら花に集まるミツバチを見ていると、 風、光、花、ミツバチの働きがつながり、実を結ばせていくことに気づいたといいます。 「これはデザインされている」。 その思いが、世界を造られた神へと心を向ける神体験になったことを、静かに語ってくださいました。

道中では、十字架そのものについても話が及びました。 かつてバングラさんが作り、何度も削られ、担がれ、祈りとともに受け継がれてきた十字架。 その重みは、ただの木の重さではなく、これまでの歩みの記憶を帯びているようでした。

五島列島十字架行進1日目、十字架とともに雨の福江島を歩くアーサー先生
雨の道を、十字架とともに 雨の福江島で、アーサー先生も十字架を担ぎ、一歩ずつ前へ進みます。

町の道を抜けると、島の緑が深くなっていきます。 福江島の山並み、田畑、海へと続く道。 十字架は一人だけが担うものではなく、参加者が交代しながら、 その時その時に与えられた力で肩に受け取っていきました。

道中では笑顔も多く見られました。 十字架を囲んで写真を撮り、声をかけ合い、 それぞれの歩幅で同じ方向を見つめて進んでいく時間となりました。

途中では「十字架を担ぎたい」と願う方もいて、 肩に受け取ったあと、笑顔で記念の写真を撮る場面もありました。 その一歩を互いに支え合いながら進む交わりが、 行進の中に、信仰と日常が自然に結び合わされていきます。

緑の山並みを背景に十字架を担いで384号線を歩く参加者たち
384号線を進む 島の緑と山並みを背に、白良ヶ浜万葉公園を目指して歩いていきます。
山あいの道を十字架を担いで歩く参加者
山と田畑のそばを抜けて 福江島の暮らしと自然が続く道。十字架を担ぐ姿が、島の風景の中に重なります。
十字架のそばで笑顔を見せるアーサー先生と参加者
十字架を囲む笑顔 歩みの途中にも、参加者との出会いと笑顔が重なっていきました。

天気は次第に雨模様へ。 傘を差し、アーサー号のそばで一息つきながら、歩みを整えていきます。 長い行程だからこそ、伴走し、待ち、声をかける存在が大きな力になります。

十字架行進は、前を歩く人だけで成り立つものではありません。 伴走し、待ち、荷物を運び、声をかける人たちもまた、 同じ一つの体としてこの一日に加わっていました。

雨の中、傘の下で休憩するアーサー先生と参加者
雨の中でひと息 天気は次第に雨模様へ。傘を差しながら、アーサー号のそばで一息つきます。
アーサー号の横で休憩するアーサー先生と参加者
伴走するアーサー号 アーサー号が行進を支え、参加者たちの休憩場所にもなってくれました。

休憩の時間には、アーサー号のそばで小さな聖餐式の時も持たれました。 アーサー先生が「こんなところでアウトドア聖餐式」と語り、 後藤さんが導く中で、パンと杯を分かち合い、イエス・キリストの十字架を覚えます。

教会堂の中だけでなく、雨の島道の途中でも、 同じ主を見上げ、同じ恵みにあずかる時間が置かれました。 道の途中の休憩場所が、そのまま祈りの場となったひとときでした。

休憩中、アーサー号のそばで持たれた聖餐式の様子
アウトドア聖餐式 休憩の時間、アーサー号のそばで小さな聖餐式の時が持たれました。

福江港から始まった初日の行程は約20km。 雨の時間もありながら、一人ひとりが役割を担い、支え合い、 五島列島十字架行進の最初の一日を無事に歩み終えました。

行進を終えた後、一行は堂崎天主堂へ移動しました。 その途中で目にしたのは、雨に煙る山と静かな湾。 晴れた海の明るさとはまた違う、雨の日の五島の深い表情がそこにありました。

初日の行進後、堂崎天主堂へ移動した先の湾で傘を差すアーサー先生たち
堂崎天主堂へ向かう雨の湾 初日の行進を終えた後、堂崎天主堂へ移動した先で見えた雨の湾。静かな海と山が一日の歩みを包んでいました。
堂崎天主堂へ移動した後、湾を背にして立つアーサー先生
行進後、湾を背にして 20kmを歩き終えた後に立った静かな湾。雨に煙る山並みと海が、福江島での一日を静かに物語っていました。
堂崎天主堂周辺から見える福江島の湾と山並み
堂崎天主堂周辺の海と山 行進後に訪れた堂崎天主堂周辺の海辺。雨の中、五島列島らしい湾と山並みが広がっていました。

湾の景色を抜けて、一行は堂崎天主堂(堂崎教会)へ向かいました。 雨に濡れた煉瓦の壁、正面に掲げられた十字架。 島のあちこちに教会があり、町並みそのものが、 この地で祈りが受け継がれてきたことを静かに語っているようでした。

堂崎天主堂は、禁教令が解かれた後、五島キリシタン復興の拠点となった場所です。 1880年に堂崎の地に最初の木造天主堂が建てられ、1908年に現在の煉瓦造りの教会堂が完成しました。 現在はキリシタン資料館として、布教の時代から迫害、そして信仰の復活へ至る歩みを伝えています。

また、日本二十六聖人の一人であり、五島出身の殉教者である聖ヨハネ五島の聖骨が納められている場所でもあります。 だからこそ、ここは美しい建物としてだけでなく、 命をかけて信仰を守った人々の記憶に触れる場所として、今回の十字架行進にとって大きな意味を持つ立ち寄りとなりました。

敷地には、五島ヨハネ殉教像も置かれています。 聖ヨハネ五島は五島出身の青年で、日本二十六聖人の一人として長崎・西坂で殉教した人物です。 その像の前に立つと、五島の信仰の歴史が単なる過去の出来事ではなく、 今もこの島に刻まれ続けている記憶なのだと感じさせられます。

外観の前で写真を撮り、参加者たちと交わりの時間を持ちました。 20kmを歩いた後にこの場所へ立つことで、 今回の十字架行進が、ただ距離を進む旅ではないことを改めて感じさせられます。

堂崎天主堂の外観の前に立つアーサー先生
堂崎天主堂の前で 初日の行進を終えた後に訪れた堂崎天主堂。五島キリシタン復興と殉教者の記憶を今に伝える場所です。
堂崎天主堂の敷地にある五島ヨハネ殉教像
聖ヨハネ五島の記憶 堂崎天主堂の敷地に立つ五島ヨハネ殉教像。五島出身の青年が信仰のゆえに殉教した記憶を今に伝えています。

雨の中でも、堂崎天主堂の外では自然に笑顔がこぼれました。 祈りを受け継いできた場所で、アーサー先生、後藤さん、参加者たちの歩みが重なります。

堂崎天主堂の外観前でアーサー先生と参加者が並ぶ集合写真
堂崎天主堂の外で重なった交わり 雨の中でも笑顔がこぼれるひととき。祈りを受け継いできた場所の外観を前に、参加者たちと記念の一枚を撮りました。
堂崎天主堂の外観前でアーサー先生と参加者たちが並ぶ集合写真
堂崎天主堂を前にした集合写真 五島の信仰の歴史を思わせる場所で、初日の歩みの記録がまた一つ残りました。

DAY 02 REPORT / 2026.06.23

雨の384号線を、旧たま丸乗船券売場へ。

五島列島十字架行進2日目。 白良ヶ浜万葉公園から旧たま丸乗船券売場へ、福江島の道をさらに約20km進みました。

DAY 02 白良ヶ浜万葉公園 → 旧たま丸乗船券売場 20km / 384号線

2026年6月23日(火)。 2日目の朝は、雨の音を聞きながらアーサー号の中で始まりました。 前日に歩き切った白良ヶ浜万葉公園から、旧たま丸乗船券売場へ向かう一日です。

出発前には、車内で御言葉を分かち合い、祈りを合わせました。 雨具を整え、十字架を担ぐ準備をしながら、 今日も与えられた道を一歩ずつ進む思いが整えられていきます。

朝、アーサー号のそばで準備を進める参加者たち
雨の朝、アーサー号から 2日目の朝も、アーサー号が行進の拠点に。雨具を整え、白良ヶ浜万葉公園からの歩みに備えます。
アーサー号の中で聖書を開き朝の分かち合いをするアーサー先生
車内での朝の分かち合い 出発前、アーサー号の中で御言葉を分かち合い、雨の一日を前に心を整えました。
雨の道でアーサー先生と参加者が十字架を担いで歩く
白良ヶ浜万葉公園から再び歩き出す 初日の到着地から、2日目の行進が再開。雨の384号線を、旧たま丸乗船券売場へ向かって進みます。

この日の道は、雨の384号線。 アーサー先生はレインウェアに身を包み、参加者たちとともに十字架を担いで進みました。 足もとが濡れる道でも、声をかけ合いながら、歩みは途切れません。

途中、トンネルを抜け、緑の濃い山あいを進み、海へ近づいていきます。 福江島の道は、町の生活、山の静けさ、湾の景色が次々に現れ、 十字架の歩みを包み込むようでした。

五島列島十字架行進2日目、雨の384号線を十字架とともに歩くアーサー先生と参加者
雨の384号線を、十字架とともに 2日目も雨の中、十字架を担ぎながら福江島の道を進みました。

雨の日の行進には、晴れの日とは違う厳しさがあります。 それでも、濡れた道を進む背中には、ただ目的地へ急ぐだけではない静かな強さがありました。

道中では、歩く人、伴走する人、撮影する人、待って迎える人がそれぞれに役割を担いました。 見える場所は違っても、同じ目的地へ向かう一つのチームとして、 2日目の歩みが支えられていきました。

雨を避けるトンネルの中を十字架とともに歩くアーサー先生と参加者
雨音の中、トンネルを抜けて 濡れた道、暗いトンネル、山あいの空気。雨の日の福江島ならではの表情が行進に重なりました。
雨の道路脇を十字架を担いで進むアーサー先生と参加者
一歩ずつ、同じ方向へ 十字架は参加者が交代しながら担ぎます。それぞれの役割が重なり、歩みは少しずつ前へ進んでいきました。
雨の湾沿いの道を歩くアーサー先生
湾沿いに広がる五島の景色 道の先には静かな湾と山並み。雨に煙る景色の中に、五島の深い美しさがありました。

湾沿いに出ると、雨に潤った静かな海が広がりました。 晴れた五島の青さとは違う、雨に煙る海と山。 その景色は、厳しさの中にも深い美しさを見せてくれます。

高浜海岸を望む場所では、アーサー先生がYouTube視聴者へ向けてメッセージを届けました。 波の音、風、雨、海と山の景色を前に、 自然界を通して神の存在に心を向けること、静まって神を知ること、 そしてイエス・キリストへ心を開くことが語られました。

アーサー号はこの日も行進に寄り添い、休憩と交わりの場所になりました。 車内で体を整え、言葉を交わし、また道へ戻っていく。 雨の一日だからこそ、支え合う時間の大切さがよりはっきりと感じられました。

雨の湾を見渡す海沿いを歩くアーサー先生
雨の海を見ながら 海辺に出ると、雨に潤った湾が広がりました。晴れの日とは違う、静かな五島の表情です。
アーサー号の中で休憩するアーサー先生
アーサー号でひと息 雨の中を歩いた後、アーサー号で体を休めます。伴走する車が、行進を支える大切な場所になりました。
海岸を背にYouTube視聴者へメッセージを届けるアーサー先生
海岸から届けたメッセージ 高浜海岸を望む場所で、アーサー先生はYouTube視聴者に向けて短いメッセージを届けました。
アーサー号の中で参加者と交わるアーサー先生
車内にも続く交わり 歩く時間だけでなく、移動や休憩の中にも会話と祈りがありました。

白良ヶ浜万葉公園から旧たま丸乗船券売場へ。 雨の時間が続く中でも、十字架行進2日目の約20kmは守られ、 福江島での歩みはさらに先へ進みました。

その日の夕方には、アーサー先生から一枚の貴重な資料も送られてきました。 1997年5月25日発行の「SPIRIT Vol.4」。 アフリカ伝道旅行を伝えるトラクトで、ナイジェリアでの歩み、 物質的な豊かさと霊的な貧しさを見つめた証しが記されています。 五島で十字架を担ぐ今の歩みと、世界へ福音を届けてきた過去の歩みが、 一つの線でつながって見えてくるような資料でした。

雨の道を十字架とともに進むアーサー先生と参加者
雨の道をさらに先へ 濡れた路面に十字架の姿が重なります。2日目の行進は、旧たま丸乗船券売場を目指して続きました。
1997年発行のSPIRIT Vol.4、アーサー先生のアフリカ伝道旅行を伝えるトラクト
夕方に届いた貴重なトラクト この日の夕方、アーサー先生から送られてきた「SPIRIT Vol.4」。1997年のアフリカ伝道旅行を伝える貴重な資料です。

DAY 03 REPORT / 2026.06.24

祭壇の火を胸に、久賀島へ。

五島列島十字架行進3日目。 田の浦港からカフェ さわらび方面へ、久賀島の道を約10km歩きました。

DAY 03 田の浦港 → カフェ さわらび 10km / 久賀島

2026年6月24日(水)。 3日目の朝は、雨音とともにアーサー号の中で始まりました。 土砂崩れ注意報も出ている中、フェリーが予定通り動くかどうかも含めて、 すべてを神に委ねながら久賀島へ向かう準備を進めます。

車内では賛美の後、レビ記6章13節の 「火は絶えず祭壇の上で燃え続けさせなければならない。消してはならない」 という御言葉を分かち合いました。 旧約のいけにえがイエス・キリストの十字架へとつながっていること、 そして神から与えられた信仰の火を、心の内で消さずに歩むことが語られました。

アーサー号の中で朝のディボーションをするアーサー先生と参加者
祭壇の火を絶やさず 朝のアーサー号ではレビ記6章13節から、心の中に与えられた信仰の火を覚えて祈りました。
久賀島へ向かうフェリーのデッキから見える海と島々
フェリーで久賀島へ 福江島から久賀島へ。船のデッキから島々を見ながら、3日目の歩みへ向かいます。
久賀島へ向かうフェリーのデッキに立つアーサー先生
久賀島へ渡る船上で フェリーのデッキに立ち、久賀島へ向かう海を見つめるアーサー先生。守られた航路の上にも、旅の緊張と期待がありました。
フェリーの航跡と島々を見つめるアーサー先生
航跡の向こうに島々を見て 船尾に広がる航跡と島々。海を渡って久賀島へ向かう時間が、3日目の始まりを印象づけました。
田の浦港に到着したアーサー号から見える久賀島の港
田の浦港に到着 田の浦港に着くと、十字架を組み、久賀島での行進の準備を整えました。

福江島からフェリーで海を渡り、田の浦港へ。 この日は不思議に守られ、五島の船が次々と止まる中で、 私たちが乗る久賀島への航路だけが動いていました。 港に着くと、十字架を組み、久賀島での行進が始まりました。 出発の祈りでは、この十字架を見る人が神を知るきっかけとなるように、 そしてこの島の上に主の祝福があるようにと祈りが捧げられました。

雨に濡れた道、海沿いに続く防波堤、緑に包まれた山の道。 アーサー先生は、十字架を担ぐ歩みを 「農夫のように信仰の種をまいている」と語りました。 目に見える結果だけを追うのではなく、目に見えない約束を信じて進む歩みです。

五島列島十字架行進3日目、久賀島の海沿いで十字架を担ぐアーサー先生
久賀島の海沿いを、十字架とともに 3日目は田の浦港からカフェ さわらび方面へ。雨に潤った海沿いの道を、十字架とともに進みました。

久賀島の道は、静かな集落と深い緑、そして海の景色が近くにあります。 雨に濡れた島の風景の中を、参加者たちは声をかけ合いながら進みました。 ときに笑顔で、ときに黙って祈るように、十字架の姿が島の道に重なります。

歩く先々で、五島の信仰の歴史が少しずつ立ち上がってくるようでした。 久賀島は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つでもあり、 この日の行進は、単なる移動ではなく、信仰を守り抜いた人々の記憶をたどる時間にもなっていきました。

この日は、淡路十字架行進にも来てくださっていた大分の和泉牧師の夫人、 そのお父さま、そしてお友達も久賀島の歩みに加わりました。 島を越え、これまでの行進で出会った人たちが再び同じ十字架のもとに集められていくことも、 この旅の大きな恵みでした。

久賀島の道を十字架とともに歩く参加者たち
雨の道を肩を並べて 十字架を担ぎながら、参加者たちと久賀島の道を進みます。
久賀島の海沿いの道で十字架を担いで歩くアーサー先生と参加者
海沿いの道を進む 雨に潤った海と山を見ながら、静かな島道を一歩ずつ進みました。
久賀島の海を背に笑顔で歩くアーサー先生
海を背にした笑顔 雨の中にも、歩きながら交わる笑顔がありました。

行程のゴール地点となった海辺に着くと、すぐそばでは船が網を洗っていました。 雨の港に響く水の音と、引き上げられた網。 その光景は、イエスが弟子たちに語られた「深みに漕ぎ出し、網を下ろせ」という場面を思い起こさせました。 見える成果がまだなくても、主の言葉に従ってもう一度網を下ろす。 久賀島での一日は、その招きのようにも感じられました。

ゴール地点の海辺で十字架を囲み、参加者たちは記念の一枚を撮りました。 行進中、雨はほとんど降らず、終わりには青空ものぞきました。 最後は皆で賛美し、礼拝を捧げる時間が与えられました。 そして帰りの船に乗った途端、20ミリほどの大雨に突如として変わりました。 一同はこの一日を守られた主の御業として受け止めました。

緑に包まれた久賀島の道を歩くアーサー先生と参加者
緑に包まれた久賀島の道 山の緑、濡れた路面、静かな集落。久賀島ならではの風景の中を進みます。
久賀島の集落のそばで十字架を担いで歩く参加者たち
集落のそばを抜けて 島の暮らしの近くを、十字架を担ぐ歩みが通っていきます。
ゴール地点の海辺で網を洗う船を背に笑顔を見せるアーサー先生
網を洗う船を背に ゴール地点の海辺では、船で網を洗う光景が広がっていました。
ゴール地点の海辺で十字架とともに立つアーサー先生と参加者たち
ゴール地点の海辺で 雨の久賀島を歩き切り、海辺のゴール地点で十字架とともに記念の一枚を撮りました。

ゴール後には、殉教者41名に関わる「牢屋の窄」、 そして久賀島潜伏キリシタン資料館(内上の杜ミュージアム)にも伺いました。 久賀島は、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を構成する 「久賀島の集落」として登録されている場所です。 ここで語られる歴史は、観光地の説明ではなく、この島に刻まれた信仰の記憶そのものでした。

館内には、久賀島で守り継がれてきた信仰具や写真、迫害の歴史を伝える資料が並びます。 そこで触れた歴史は、あまりにも壮絶でした。 信仰を守り抜いた方々の苦しみと、その歩みを今に伝える重みを深く感じました。

展示そのものは、初めから言葉を失うほどの重みを持っていました。 さらに現在は、生き残られた方々の子孫にあたる方が資料館を守っておられ、 その方のお話からも、この地に刻まれた信仰の証しの深さを改めて教えられました。 久賀島の信仰の記憶は、資料の中だけではなく、この島に生きる人々の中で今も受け継がれています。

久賀島潜伏キリシタン資料館で資料を指しながら説明する館長
館長との対話 展示された写真や資料を前に、館長から久賀島の信仰の歴史を直接伺いました。
久賀島潜伏キリシタン資料館で展示を見ながら案内を聞くアーサー先生
久賀島潜伏キリシタン資料館で 資料を前に、久賀島に受け継がれてきた信仰と迫害の歴史を案内していただきました。

牢屋の窄殉教記念教会は、久賀島の信仰の歴史を語るうえで避けて通れない場所です。 1868年、久賀島のキリシタンたちは信仰を表明したために捕らえられ、 わずか12畳ほどの牢に200名あまりが押し込められました。 畳1枚あたりに十数人が詰め込まれるほどの狭さで、横になることもできず、 排泄さえその場でしなければならないような、想像を絶する状況だったと伝えられています。

その状態は8か月にも及びました。 食事は朝夕に芋の小切れが一つずつというほどで、飢え、病、拷問の中で多くの信徒が亡くなり、 出牢後にも犠牲者が出ました。 この出来事では、40名を超える信徒が命を落としたと伝えられています。 これは単に「昔、迫害があった」という一言で片づけられる出来事ではありません。 信仰を告白した人々が、身体ごと、生活ごと、家族ごと、その信仰を問われた場所でした。

その惨状の中には、子どもたちの名と証も残されています。 6歳の子は水を求めながら亡くなり、13歳の少女は不衛生な牢内で傷つき、命を落としたと伝えられています。 10歳のマリアたきは「バライゾ(天国)」へ行くことを口にしながら両親に別れを告げ、 7歳の妹マリアさもは、イエズスの御傷に祈るよう言い残したと伝えられています。 幼い子どもたちの最期の言葉は、信仰を美談にするためではなく、 この地で何が起きたのかを忘れないための証として、今も刻まれています。

現在の教会は、その殉教の地に建てられています。 ここでアーサー先生たちは、建物がただの記念として残るだけでなく、 そこに刻まれた信仰のメッセージが多くの人に伝わるように祈りました。 この地にすでに受け継がれてきた祈りと信仰を覚えながら、 私たちも静かに祈りを合わせました。

牢屋の窄へ向かう道で立ち止まるアーサー先生
牢屋の窄へ 久賀島の信仰の歴史を今に伝える、牢屋の窄殉教記念教会へ向かいました。
牢屋の窄殉教記念教会の外観前で撮影したアーサー先生と参加者たち
牢屋の窄殉教記念教会の前で 殉教の地に建てられた教会の前で。久賀島の信仰の記憶を受け止める時間となりました。
牢屋の窄殉教記念教会の慰霊碑を背に立つアーサー先生と参加者たち
信仰之礎の前に立つ 殉教者の記憶を刻む場所で、信仰を守り抜いた人々の証しを心に刻みました。
久賀島の道で島のために祈るアーサー先生たち
島のための祈り この地で捧げられてきた祈りを覚えながら、五島列島にさらに福音の光が届くよう祈りました。

牢屋の窄を後にした後も、心には重さと希望が同時に残りました。 殉教した人々の信仰は過去の出来事で終わったものではなく、 今この地を歩く私たちにまでつながっています。 ヘブル人への手紙12章1節に記される「雲のように多くの証人たち」を思い起こすような時間でした。

祭壇の火を消してはならないという朝の御言葉は、 久賀島の殉教の歴史と重なり、この日の歩み全体を貫くテーマとなりました。 その後、私たちは再びフェリーで福江島へ戻りました。

カフェさわらび方面の休憩場所で腰を下ろすアーサー先生
船着場での休憩 帰りの船を待つ間、船着場で雨を避けながら交わりの時を持ちました。
雨の久賀島でアーサー号のそばに立つアーサー先生と参加者
アーサー号でひと息 雨の中の行進を支えたアーサー号。休憩の中にも、信仰と証しの会話が続きます。
帰りの船に乗る直前の雨の港とピンク色のフェリー
帰りの船へ 行進と祈りを終え、再びフェリーで福江島へ。乗船した途端、天候は20ミリほどの大雨へと突如として変わりました。
雨の久賀島の港で出発を待つフェリー
雨の港を後にして 久賀島での一日を終え、雨に濡れた港から帰路につきました。

DAY 04 REPORT / 2026.06.25

記録的な雨のあと、奈留島で開かれた心。

五島列島十字架行進4日目。 奈留島へ渡り、雨に濡れた島の道を十字架とともに歩きました。

DAY 04 奈留ターミナル周辺 → 奈留島の道 8km予定 / 奈留島

2026年6月25日(木)。 4日目の朝も、アーサー号の中で賛美と御言葉から始まりました。 この朝に開かれたのは、ローマ人への手紙8章。 御霊が弱い私たちを助け、とりなしてくださること、 神のご計画に従って召された者のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることが分かち合われました。

「私たちは召されてここにいる」という御言葉が、 奈留島へ向かう朝の祈りと重なっていきます。 この日も前日と同じように、奈留島へ向かう船が本当に出るのか、 直前まで確かなことは分かりませんでした。 しかも台風7号と8号が近づき、前日から五島では6月の観測史上最大となる雨量も記録されていました。 それでも、信仰を持って一歩を踏み出すように祈り、船は無事に出航しました。

アーサー号の中でローマ人への手紙8章から朝のディボーションをするアーサー先生
ローマ8章から始まった朝 朝のアーサー号では、御霊のとりなし、神の計画に従って召された者、すべてを益としてくださる主の御言葉を分かち合いました。
雨のフェリーターミナルで奈留島へ向かう船を待つアーサー号の車内からの景色
雨のターミナルから奈留島へ 雨の中、船の動きも気にかけながら奈留島へ。島から島へ渡る十字架行進ならではの朝です。
2026年6月25日の気象庁台風進路図。台風7号と8号が日本列島の南にある
台風7号・8号が近づく中で この日の天気図には、五島列島の南西側へ進む台風7号と、日本列島の南にある台風8号の進路が示されていました。
NIB長崎国際テレビニュースの記事。五島市上大津で24時間に275.5ミリの雨が降り、6月の観測史上最大を記録したことが報じられている
6月の観測史上最大の雨量 NIB長崎国際テレビニュースの記事では、五島市上大津で午前5時過ぎまでの24時間に275.5ミリの雨が降り、6月の観測史上最大を記録したことが報じられました。

奈留島に着くと、雨の中で十字架を組み、島の道へと歩み出しました。 道には濡れた瓦屋根、港の水面、山の緑が近くにあり、 福江島や久賀島とはまた違う奈留島の表情が広がっていました。

ただ、十字架行進が始まる頃には雨の勢いはおさまり、 奈留島の道を進む歩みは守られました。 濡れた道を歩きながら、奈留島に住む人々の上にジーザスの愛が届くようにと祈りました。 途中には世界遺産に関わる案内もあり、 潜伏キリシタンの歴史がこの島にも深く刻まれていることを改めて覚えさせられました。

五島列島十字架行進4日目、奈留島の雨の道を十字架とともに歩くアーサー先生と参加者たち
雨に濡れた奈留島の道を、十字架とともに 4日目は奈留島へ。濡れた道と緑の中を、十字架を担ぎながら歩みました。

雨の道を歩きながら、参加者たちは交代で十字架を担ぎました。 大分から来られた和泉先生のご夫人や、お父様、お友達も加わり、 濡れた道の上で祈りを合わせます。 車の音、雨の音、港の気配の中で、十字架の姿が島の暮らしの近くを通っていきました。

行進の途中で語られたのは、信仰が単なる知識ではなく、 実際に出会い、受け取り、応答していくものだということでした。 朝のローマ8章で受け取った御言葉と、この日に起きていく出来事が、 奈留島で開かれていく出会いへと少しずつつながっていきました。

奈留島で十字架を組み、雨の中で行進を始めるアーサー先生と参加者
奈留島で十字架を組んで 到着後、十字架を整え、奈留島での歩みが始まりました。
奈留島の集落の道を十字架とともに歩くアーサー先生と参加者たち
集落の道を進む 雨に濡れた瓦屋根、緑の道、静かな集落。奈留島の暮らしの近くを十字架とともに進みます。
奈留島の港沿いの道を歩くアーサー先生と参加者たち
港沿いの道へ 海と山が近い奈留島の道。港を見ながら、祈りを込めて歩きました。
雨の奈留島で参加者が十字架を担ぎ、アーサー先生がそばを歩く場面
雨の中で担がれた十字架 参加者が十字架を担ぎ、アーサー先生もそばを歩きます。雨の日の島道に、十字架の姿が重なりました。

この日、アーサー先生は、和泉先生のお父様と共に歩く中で、 キャンパスクルセードでの伝道の現場でしばしば用いられた 「四つの法則」についても語りました。 かつてアーサー先生自身も、首の骨を折る大きな怪我をして、 柔道の選手人生の大きな転機に差しかかった時、 夕日の沈むハンティントンビーチで 「神がおられるなら証明してください」と祈り、 そこから柔道の恩師を通じて、教会へ導かれました。 1973年9月29日、サンディエゴのミッションベイで、 アーサー先生はジーザスを受け入れ、その日に洗礼を受けました。 その証しを聞きながら、奈留島での歩みは続いていきました。

FOUR SPIRITUAL LAWS

四つの法則

アーサー先生が和泉先生のお父様と歩きながら語った、信仰の入口を整理する四つの要点です。

01 神の愛と計画

神は私たちを愛し、個人的に神を知ることができるように造られた。

02 罪による隔たり

人には罪があり、神との間に深い断絶があるため、神の愛を体験できなくなっている。

03 キリストの十字架

イエス・キリストは、人の罪のために神が備えられた唯一の解決である。

04 信じて迎える

私たちはそれぞれ個人的に、イエスを罪からの救い主、人生の導き手として迎え入れる。

奈留島での行進後、アーサー号のそばで笑顔を見せるアーサー先生
アーサー号のそばで 雨の中の行進を終え、アーサー号のそばでひと息。島での一日が次の出来事へつながっていきます。
行進後の喫茶店で笑顔を見せるアーサー先生
一日を振り返る交わり 行進後の短い交わりの時間。この日に与えられた出来事を、それぞれが受け止めていました。

行進を終えた後、奈留ターミナルで起きた出来事は、 ただの偶然とは言い切れないものでした。 もし船が出ていなければ、私たちは奈留島へ渡れていません。 もし行程がもっと慌ただしければ、立ち止まって話す時間もありませんでした。 そして、もしその時カメラが別の方向へ向いていたなら、 その出会いに気づかず通り過ぎていたかもしれません。

ターミナルで働かれているMasakoさんが、私たち一行に 「今日はどうしてこの島にいらしたんですか」と尋ねてくださいました。 私たちが十字架行進とアーサー先生のことを伝えると、 「ホーランド先生ですか?」と驚き、涙を浮かべられました。 聞けば、偶然アーサー先生のことを以前から知っていて、 よくブログなどを読んでいたそうです。 さらに「マルセリーノ」という映画を、ちょうど数日前に見たばかりだと話されました。 それがアーサー先生が幼い頃に強く心に残った映画なんですよと伝えると、 Masakoさんはさらに驚いた表情をされました。

何か一つでも違っていれば、重ならなかった出会いでした。 台風が接近する海の上でも、無事、船が出たこと。 行進がその時間に終わったこと。 その場所で声がかかったこと。 そして、Masakoさんの心の中に、すでに準備されていたものがあったこと。 その一つひとつが重なって、目の前で神の摂理を見せられているようでした。

Masakoさんは「私はクリスチャンではないんです」と言われました。 けれども話を聞く中で、ジーザスを受け入れたいという思いが自然に言葉になっていきます。 そこから祈りへ導かれ、信仰告白へ。 そしてペットボトルの水で手を濡らし、その手を頭に置いて祈る形で、 洗礼へと進んでいきました。 出会ってからわずかな時間の出来事でした。 それは、準備して演出できるような場面ではありませんでした。

朝に分かち合った「神がすべてのことを働かせて益としてくださる」という御言葉が、 そのまま目の前で形になっていくような時間でした。 アーサー先生は後に、 「彼女のために、俺たちはここに遣わされたってことだよ」と語りました。

奈留ターミナルでアーサー先生と出会い、驚きの表情を見せるMasakoさん
奈留ターミナルでの出会い アーサー先生の名を聞いた瞬間、驚きと喜びがあふれたような表情に変わりました。
奈留ターミナルでMasakoさんに語りかけるアーサー先生
言葉を交わす時間 短い時間の中で、これまでの歩み、映画「マルセリーノ」、そして信仰の話へと会話が深まっていきました。
奈留ターミナルでMasakoさんと祈るアーサー先生
奈留ターミナルでの洗礼式 信仰告白の後、奈留ターミナルで洗礼式が行われました。

帰りのアーサー号の中では、奈留島と、この日洗礼を受けられたMasakoさんのために祈りが続きました。 この島に住む人々がジーザスの愛と出会い、 すでにこの地に刻まれてきた信仰の記憶が、今を生きる人々の希望へとつながるように。 その祈りは、雨の音と車の揺れの中で静かに捧げられました。

奈留島での4日目は、距離や天候だけでは語り尽くせない一日になりました。 十字架を担いで歩いた先で、予定していなかった出会いが開かれ、 朝の御言葉がその出来事を包むように響いていました。 五島列島十字架行進は、また一つ、主の導きを深く覚える日となりました。

帰路のアーサー号の中で奈留島とMasakoさんのために祈るアーサー先生たち
帰路に続いた祈り 帰りの車内でも、奈留島とこの日洗礼を受けられたMasakoさんのために祈りが捧げられました。

DAY 05 REPORT / 2026.06.26

嵐の海を越え、上五島・若松の道へ。

五島列島十字架行進5日目。 フェリーで上五島へ渡り、若松大橋駐車場から土井ノ浦港方面へ歩みました。

DAY 05 若松大橋駐車場 → 土井ノ浦港 5km / 上五島

2026年6月26日(金)。 5日目の朝も、アーサー号の中で御言葉を開くところから始まりました。 この朝に分かち合われたのは、マタイによる福音書14章22〜33節。 嵐の湖でジーザスが水の上を歩き、 ペテロがその方を見つめて水の上へ踏み出していく箇所でした。

アーサー先生は、ジーザスを見ている時には歩けたペテロが、 波を見た途端に沈み始めたことを通して、 信仰とは自分の力を誇ることではなく、 嵐のただ中でもジーザスから目を離さないことなのだと語りました。 波に心を奪われそうになる時にも、もう一度ジーザスを見る。 その朝の御言葉が、フェリーで島を渡り、雨の道を歩く一日の土台になっていきます。

アーサー号の中で聖書を開き、朝のディボーションを語るアーサー先生
嵐の湖でジーザスを見る 朝のアーサー号では、マタイによる福音書14章22〜33節から、嵐の湖でジーザスから目を離さない信仰について御言葉を分かち合いました。
フェリーの甲板から見える上五島へ向かう海と島影
フェリーで上五島へ 島から島へ渡る朝。雨を含んだ空の下、フェリーは上五島へ向かいました。
フェリー船内で語り合うアーサー先生
船内で語られた信仰 船内でも、御言葉とこれまでの歩みを重ねながら、今日の行進へ心を整えていきます。

フェリーは上五島へ。 船は約一時間かけて島に到着。 デッキから見える海と島影を見ながら、 五島列島を一つずつ渡っていく十字架行進ならではの時間を過ごしました。 雨を含んだ空の下でも、海を越えて次の島へ向かう歩みは止まりません。

上五島に着くと、港と山が近くに迫る若松の景色が広がっていました。 この日も、アーサー号が行進を支えます。 陸路と海路を越えてここまで来たアーサー号が、 島の道のそばにあること自体が、今回の旅を象徴するようでした。

上五島の港と山並みを車窓から見る景色
若松の港へ 上五島に着くと、港と山が近くに広がる若松の景色が迎えてくれました。
上五島の山を背に停まるアーサー号
上五島にもアーサー号 陸路と海路を越えてきたアーサー号が、この日も行進を支えました。
雨の中で十字架を組み立てるアーサー先生と参加者たち
雨の中で十字架を組む 出発前、雨の中で十字架を整えます。上五島での歩みが始まりました。

若松大橋駐車場から、土井ノ浦港方面へ。 この日の行程は約5km。 距離としては長くはありませんが、海と山が近い上五島の道を、 十字架を担ぎながら歩く時間には、島を渡ってきた歩みの重みがありました。

雨に濡れた道、港に浮かぶ船、山の緑。 その一つひとつの景色の中で、朝に受け取った御言葉が思い起こされます。 目の前の波ではなく、ジーザスを見つめる。 その祈りを胸に、上五島の道を進みました。

五島列島十字架行進5日目、上五島の港沿いで十字架を担いで歩く参加者たち
港を背にして、十字架とともに 上五島・若松の港沿いを、十字架とともに進みます。島を渡りながら続く十字架行進の5日目です。

道中では、十字架を担ぐ人、車で支える人、祈りながら歩く人、 それぞれが与えられた場所でこの日の行進を支えました。 この日には、北九州からフェリーで駆けつけたJunさんも合流し、 上五島の道をともに歩きました。 途中、前日までの歴史的な大雨の影響で、人が通れるはずだった道が崖崩れにより通れなくなっており、 予定していたコースを変更しながら、行進は続きました。 港沿いの道から緑に包まれた道へ、上五島の景色が少しずつ変わっていきます。

行進を終えた後、アーサー先生は 「十二分に神が歩けというところを歩けたから、これでいいんだよ。 歩けなかったことを考えなくてもいい。歩けたことを喜ぼう」 と語りました。 距離や予定だけで一日を測るのではなく、 その日に与えられた歩みを受け取り、感謝する。 その言葉が、この日の締めくくりになりました。

最後には、大阪から来たHIROさんが祈り、 この島に住む一人ひとりがジーザスの愛に気づくことができるように、 そして明日の旅路も整えられるようにと、心を合わせました。

雨の上五島の道を十字架とともに歩く参加者たち
濡れた道を進む 若松の緑に包まれた道を、十字架とともに一歩ずつ進みました。
港沿いの濡れた道を十字架とともに歩く参加者たち
港沿いの道へ 海と山が近い上五島の道。雨のあとも、歩みは落ち着いて続きました。
緑に包まれた上五島の道を十字架とともに歩く参加者たち
緑の道を抜けて 濡れた緑の中を歩く時間。短い距離の中にも、島の深い表情がありました。
行進後のアーサー号の中で笑顔を見せるアーサー先生と参加者
歩けたことを喜ぼう 行進後のアーサー号で。アーサー先生は、歩けなかったことではなく、歩けたことを喜ぼうと語りました。

行進後のアーサー号では、食事を囲みながら交わりの時間が持たれました。 今日歩いた道、明日に向かう道、そして御言葉から受け取ったこと。 会話は、信仰の歩み、手仕事や茶室、仮庵の祭りにまで広がっていきます。

小さく、不完全で、仮のように見える場所に身を置く時、 本当に大切なものが見えてくる。 その話は、雨の道を歩いたこの日の体験とも静かに重なりました。 五島列島十字架行進5日目は、 嵐の海を越え、与えられた道を歩けたことを喜ぶ一日となりました。

行進後のアーサー号の中で食事を囲みながら語り合うアーサー先生たち
行進後の交わり 歩みを終えた後も、車内では御言葉、旅、信仰、文化をめぐる会話が続きました。

DAY 06 REPORT / 2026.06.27

時が良くても悪くても。最終20kmの先で、海は洗礼の場所になった。

五島列島十字架行進6日目。 最終日は上五島・奈良尾港からローソン上五島有川店まで、約20kmの道を歩みました。

DAY 06 奈良尾港 → ローソン上五島有川店 20km / 上五島

2026年6月27日(土)。 前夜まで降っていた雨が上がり、最終日の朝は、湿った空気の中に不思議な清々しさがありました。 アーサー号の中で賛美を捧げ、聖書を開きます。 この朝に読まれたのは、テモテへの手紙第二4章1〜5節。 そこに響いていた中心の言葉は、「時が良くても悪くても」御言葉を宣べ伝えなさい、という招きでした。

それは、この六日間の十字架行進そのものを言い表すような御言葉でした。 雨が降っても、風が吹いても、雷が鳴っても、船が出るかどうか分からない時でも、 与えられた場所で、与えられた務めを果たしていく。 アーサー先生は、パウロが語った「走るべき道を走り抜いた」という信仰の姿を、 この日の最後のルートに重ねながら、 五島列島で歩くべき道を歩き抜く一日になると語りました。

アーサー号の中で聖書を開き、最終日の朝のディボーションを語るアーサー先生
最終日の朝、御言葉から 雨上がりの朝、アーサー号の中で第二テモテ4章を開き、最終日の歩みが始まりました。
奈良尾からの道をアーサー先生と参加者が十字架とともに歩き出す場面
奈良尾から歩き出す 「最終日晴れましたね」と声が上がる中、奈良尾から有川へ向かう20kmの歩みが始まりました。

奈良尾から有川へ。 出発前には、最終日の道が守られるように、そして十字架を見た島の人々が神の愛につながるように祈りました。 「最終日晴れましたね」と声が上がります。 台風の影響で船が止まる可能性もあった今回の旅。 それでも必要な船は動き、必要な道が開かれ、最後の日にはレインコートを着ずに歩ける空が与えられていました。

アーサー先生は、どんなに雨が降って天候が荒れても、自分の心の中には台風の目がある、と笑いながら語りました。 外側の天候に振り回されるのではなく、主の御心がなるように祈ってきた歩み。 この日の一歩一歩は、六日間の旅が一つの終着点へ静かに近づいていくような、深い集中を帯びていました。

道中では、中ノ浦教会の見える入江を通りました。 船があり、海があり、山が迫り、島の家々のそばに教会が立っている。 そこは、ただ美しいというだけの場所ではありませんでした。 入江の静けさの中を十字架が進み、教会の屋根に掲げられた十字架と、 島の道を動いていく十字架が重なって見えたのです。 五島列島の島と教会と海、そのただ中を十字架が通る一瞬が、この旅の意味を一枚の絵のように映し出していました。

緑に囲まれた上五島の道を十字架とともに歩くアーサー先生と参加者
一歩ずつ、ゴールへ 雨に洗われた緑の道。十字架を担ぎながら、一歩ずつ最終日の距離を刻んでいきます。
中ノ浦教会と入江を背に十字架を担ぐアーサー先生
海辺の教会を背に 中ノ浦教会、入江、船、山が一つの景色に重なった場所。五島列島らしい祈りの風景の中を、十字架が通っていきました。

中ノ浦教会を過ぎ、道は荒川トンネルへ近づいていきました。 その入口の手前で、小さな車が路肩に寄り、車窓から青年が「頑張ってください」と声をかけてくれました。 彼は、その一言を届けるために、わざわざUターンして戻ってきてくれていたのです。 アーサー先生は足を止めるようにして、 「ありがとう。声をかけてくれてありがとう」と応えました。

声をかけた後、その車はもう一度Uターンして帰っていきました。 旅の終盤に受け取った、確かな励ましでした。

夜の食事の席で、アーサー先生はこの出来事をもう一度取り上げました。 若い人が、ただ通り過ぎるのではなく、戻ってまで声をかけてくれたこと。 それは、十字架を担いで歩くという行動が、人の心に触れているしるしの一つだと語りました。 朝の祈りで願った「十字架を見た人の心に、神の愛が届くように」という祈りは、 こういう小さな応答の中にも現れていました。

荒川トンネルに入る前の道で、車窓から声をかけてくれた青年
トンネルの前で声がかかる 荒川トンネルに入る前、車窓から青年が「頑張ってください」と声をかけてくれました。わざわざ道を戻って届けられた励ましでした。
荒川トンネルに入る前の道を十字架とともに歩くアーサー先生たち
十字架は道を進む 声を受け止めた後も、十字架は荒川トンネルへ向かって進みます。この小さな出来事は、夜の食事の席でも大切なサインとして語られました。

この日の行程は約20km。 最終日にふさわしく、身体にも心にも深く残る長い歩みでした。 けれど、この一日は長さだけで語る日ではありませんでした。 奈良尾から有川へ向かう道で、歩きながら交わされた言葉は途切れません。 十字架を担ぐとは何か。 ジーザスのくびきにつながれて歩くとは何か。 自分の力で正しさを示すのではなく、赦された者として、赦しを伝えるとはどういうことか。 言葉は歩幅に合わせて深まり、道そのものが、蛤浜で起こる出来事への備えになっていきました。

やがて蛤浜に到着しました。 ハイタッチを交わし、「お疲れ様でした」と声をかけ合います。 まずそこには、長い道を歩き切った喜びがありました。 けれども、その場所は単なるゴールではありませんでした。

目の前には、白い砂浜と青い海。 前日までの雨と台風の気配を思うと、信じがたいほどの空が広がっていました。 十字架を担いで来た道が、そのまま波打ち際へ続いているように見えます。 前日に海を見つめて祈った場所が、今度は信仰の決断を受け止める場所になる。

ここまでの20kmは、ただ浜へ向かう移動ではありませんでした。 朝に開かれた御言葉、道で交わされた祈り、青年からかけられた声、 中ノ浦教会の前を通った時に見た海と十字架。 そのすべてが、蛤浜の水際に集まっていきました。 十字架を担いで来た道が、そのまま波打ち際へと続き、 蛤浜の海は、この日、洗礼の水へと変えられていきました。

蛤浜の白い砂浜と青空の前で十字架とともに立つアーサー先生たち
蛤浜に着く 20kmの歩みの先に、白い砂浜と青い海が広がっていました。そこはゴールであると同時に、洗礼式へ向かう入口でした。
不良牧師、殉教の島へ。五島列島十字架行進ダイジェスト【潜伏キリシタンの島】
蛤浜に立った十字架 20kmの歩みの途中、蛤浜の海と青空の前で。最終日の道は、ここで洗礼と聖餐の時間へとつながりました。
蛤浜の砂浜へ下りる前、海へ向かう準備をするアーサー先生たち
海へ向かう 白い砂浜へ下りる前、荷物を置き、海へ向かう準備が始まりました。歩いてきた道は、ここから洗礼の水へとつながっていきます。

蛤浜の波打ち際で、この日の中心となる洗礼式が始まりました。 青い空、白い砂、波の音。 そこに、六日間の十字架行進で担がれてきた祈りが集まっていきます。 ここは、ただ景色のよい海ではありませんでした。 長い道を歩き、十字架を見つめ、自分の心と向き合ってきた人が、 ジーザスへの「はい」を差し出す場所になったのです。

前日まで、あれほど雨が降っていました。 船が出るかどうか、天候がどうなるか、最後まで分からない旅でした。 それなのにこの時、蛤浜には空が開き、波があり、洗礼を受けるための海が目の前にありました。 アーサー先生は、そのこと自体に驚きながら、 まさかこの海で洗礼を受けられるとは、と深い感動を語りました。

まず海に入ったのはJunさんでした。 出会ってから数年の月日が経っていましたが、 アーサー先生は、この決断を急がせませんでした。 受けるのか、受けないのか。 Junさん自身が主の前で向き合い、悩み、 それでもこの日、自分の口で「信じる」と告白しました。 そして蛤浜の波の中で、父と子と聖霊の御名によって洗礼を受けました。

洗礼名として重ねられたのは、ルディア。 使徒の働き16章に登場する、紫布を商う女性です。 主が彼女の心を開き、彼女はパウロの語る福音に応答し、 パウロ一行を自分の家に迎えました。 Junさんの新しい歩みもまた、主が心を開き、福音に応答するところから始まっていきます。

続いてHIROさんも海に入りました。 すでに与えられていた信仰を、もう一度主に捧げる献身のしるしとしての洗礼でした。 アーサー先生は、彼が神の器として羽ばたくこと、 人と人をジーザスのもとへつなぐアンドレのような賜物が用いられることを宣言し、祈りました。

一人は信仰の告白として。 もう一人は献身のしるしとして。 二人が同じ海に入り、同じ波の中で祈られたことは、 この最終日の中心に置かれた出来事でした。 六日間、雨の道も船の不安も越えて担がれてきた十字架が、 最後に、人の決断と献身へ届いた瞬間でした。

蛤浜の海へ洗礼式のために入っていくアーサー先生と二人の参加者
二人が海へ 信仰告白の洗礼と、献身の洗礼。二つの決断が、蛤浜の波打ち際で形になろうとしていました。
蛤浜の海でJunさんが信仰を告白し洗礼を受ける場面
信仰を告白して Junさんはジーザスを信じる決心を告白し、父と子と聖霊の御名によって洗礼を受けました。
蛤浜の海でHIROさんが献身の洗礼を受けるために祈られている場面
献身の祈り HIROさんは、神の器として歩む決意を献身の洗礼として捧げました。波の音の中で祈りが重ねられました。

洗礼式が終わっても、蛤浜で与えられた恵みはそこで途切れませんでした。 波の音が聞こえる場所で、そのまま聖餐式が行われます。 アーサー先生は、この五島列島の地で洗礼式をし、 さらに皆で外で聖餐式ができることに、深い感動を覚えると語りました。

海の音、風、砂、十字架、パンと杯。 教会堂の中だけではなく、主が造られた自然のただ中で、 ジーザスの死と復活を覚える時間が与えられました。 さっきまで洗礼の水となっていた海のそばで、 今度はパンと杯を通して、十字架の恵みを受け取ります。

十字架を担いで歩き、海で洗礼を行い、聖餐を分かち合い、そのまま昼の交わりへ。 誰かが計画通りに演出した一日ではなく、歩きながら、祈りながら、 主が整えてくださった場所に導かれていった一日でした。 朝の「時が良くても悪くても」という御言葉は、 蛤浜の砂浜で、現実の出来事として刻まれていきました。

蛤浜の屋外で聖餐式のパンを手に語るアーサー先生
聖餐と昼の交わり 洗礼式の後、外で聖餐式が行われました。海のそばでパンと杯を分かち合い、最終日の恵みを受け取りました。

洗礼式の後には、証明書を書きながら、二人の歩みを祝福する時間が持たれました。 Junさんには、使徒の働き16章に登場する「ルディア」の名が、洗礼名として重ねられました。 HIROさんには、人と人をジーザスのもとへつなぐ賜物を思わせる「アンドレ」という名前が重ねられました。

帰る前に今日の感想を聞かれたJunさんは、 少しの沈黙の後、こう答えました。 「言葉になりません。感謝します。」 多くを語らないその言葉の中に、 悩み、祈られ、主の前に一歩踏み出した一日の重みがありました。

その後の夕方、食事の席では、この六日間に起こったことを振り返りました。 久賀島での出会い、奈留島での洗礼、上五島へ渡る船、記録的な雨、 そして最終日の蛤浜。 ただ美しい旅だった、というだけではありません。 最後の最後までどうなるか分からなかったからこそ、 守られた一つひとつの出来事が、より深く胸に残りました。

その食事の中で、アーサー先生は、 再びこの地に来よう、と語りました。 五島列島十字架行進は、この一度で終わりではない。 今度はもっと端から端まで歩きたい。 いろいろな教会を訪ねたい。 何度でもこの地に来て、島の人たちに十字架を見せ続けたい。 かつて信仰を隠さざるを得なかった歴史のある島で、 今は堂々とジーザスの十字架を担いで歩くことができる。 それは、この地に与えられている新しい証しの形なのだと語られていきました。

この日、信じる人が起こされ、洗礼を受ける人が与えられ、 献身を新たにする人も与えられました。 五島は、決心と決意を起こさせる場所なのかもしれない。 ここで受け取ったものを、また次の行進へ、次の世代へ、次の場所へ渡していく。 食卓の会話は、旅の振り返りであると同時に、次に向かう祈りにもなっていました。

夕方の食事の席で語り合うアーサー先生と参加者
証しを分かち合う夕方 一日の終わりに、旅を振り返りながら証しを分かち合いました。洗礼と献身の意味が、静かに深められていきます。

夕暮れ、港を見下ろす場所に立つと、空は燃えるように色を変えていきました。 灯台の向こう、海の上に夕陽が低く浮かび、雲の縁が金色に燃えていきます。 その光は、ただきれいな景色として現れたのではなく、 六日間を歩き終えた者たちの前に、ジーザスが最後に用意してくださった贈り物のようでした。

台風の心配があり、船の不安があり、雨の中を歩き、予定が変わりました。 それでも必要な時に必要な人と出会い、必要な船が動き、 必要な場所で洗礼が行われました。 そして、すべてを終えた後で、この夕陽が与えられたのです。 誰も演出できないタイミングで、旅の最後に置かれた光でした。

アーサー先生は、この旅を振り返りながら、 「主のなさることは全て時にかなって美しい」と語りました。 予想外の雨も、変更された予定も、守られた船も、蛤浜の洗礼も、 トンネルの前で声をかけてくれた青年も、 そして最後に見せられた夕陽も、ひとつの御手の中に置かれていた。 だから、ただ感謝してそう言うしかない、という言葉でした。

最後の祈りでは、五島列島十字架行進の全行程が守られたことへの感謝と、 それぞれが自分の場所へ帰ってからも、聖霊に導かれて歩み続けることへの願いが捧げられました。 次の行進の方向性が少しずつ見え始めたこと。 この場所で信じる人が起こされ、洗礼を受ける人が与えられ、 献身を新たにする人が与えられたこと。 夕陽の光の中でその祈りを聞いていると、五島列島のこの地が、 これからも主に用いられていくしるしのように思えました。

DAY06は、ただ最終日というだけの日ではありませんでした。 20kmという長い距離の先で、歩いてきた道、祈ってきた祈り、見せ続けてきた十字架が、 蛤浜の海、パンと杯、そして最後の夕陽の前で結び合わされた日でした。 時が良くても悪くても、御言葉を宣べ伝える。 五島列島十字架行進2026の最終日は、その御言葉を、体で、足で、涙で、喜びで受け取り、 最後にジーザスからの贈り物のような光の中で閉じられていきました。

灯台と港の向こうに沈む夕陽を見つめるアーサー先生の後ろ姿
最後に与えられた夕陽 旅の終わりに、ジーザスが用意してくださった贈り物のような夕陽が、港と海を照らしました。

DAY 07 REPORT / 2026.06.28

五島列島から東京へ。帰路の海と空の上で、次の祈りが始まっていた。

五島列島十字架行進7日目。 六日間の歩みを終え、この日はフェリーと空路で東京へ戻る一日となりました。

DAY 07 五島列島 → 長崎 → 東京 帰路 / エピローグ

2026年6月28日(日)。 蛤浜での洗礼式と聖餐式、そして港に沈む夕陽を見届けた翌朝、 一行は五島列島を離れ、東京へ戻る帰路につきました。 けれど、この日は単なる移動日ではありませんでした。 アーサー号の中では、六日間の行進で見たこと、聞いたこと、祈ったことが、 もう一度、御言葉に照らされながら語られていきました。

朝の車内で語られたのは、創世記のはじめに記された人間の姿でした。 神の言葉を聞きながら、それでも見て、欲し、手を伸ばしてしまう人間の弱さ。 アーサー先生は、その流れがジーザスの荒野の誘惑にもつながっていることを語りました。 石をパンに変えるよう試みられた時、ジーザスは 「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言葉による」 と答えられました。

五島列島の道を十字架とともに歩いた後だからこそ、 その言葉は、ただ知識としてではなく、旅の体験と重なって響きます。 天候、船、道、出会い。 自分の思い通りに動かせないものの中で、なお神の言葉を心に留めて歩く。 帰路の朝、アーサー号の中にあったのは、旅を終えた安堵だけではなく、 これから自分たちがどう生き、どう伝えていくのかという問いでもありました。

不良牧師、殉教の島へ。五島列島十字架行進ダイジェスト【潜伏キリシタンの島】
帰路の朝、アーサー号の中で 六日間の行進を終えた朝。五島を離れる道の中でも、御言葉と証しをめぐる対話が続きました。
帰路のアーサー号の中で聖書と証しについて語るアーサー先生
御言葉をめぐる対話 創世記から荒野の誘惑、そして十字架へ。帰路のアーサー号でも、旅で受け取った御言葉が語られていきました。

港に着くと、海の向こうからフェリーつばきが近づいてきました。 青い空、山に囲まれた港、静かな海。 六日間、島から島へ、道から道へと導かれてきた十字架行進は、 この日、海を渡って五島列島を離れていきます。

車両甲板へ入っていくアーサー号の姿も印象的でした。 レンタカーではなく、陸路と海路を越えて五島まで走ってきたアーサー号。 その車が再びフェリーに乗り込む場面には、 今回の旅全体を支えてきたものが一緒に帰っていくような重みがありました。

けれど、それは終わりのための帰り道ではありません。 「ここは、また来なければならない」。 五島の道を歩き、教会を訪ね、殉教の歴史に触れ、島の人々と出会ったからこそ、 その思いはよりはっきりしていきました。 帰りのフェリーは、旅の終わりを告げる船であると同時に、 次にこの地へ戻る祈りを乗せた船でもありました。

山に囲まれた港へ近づくフェリーつばき
港へ近づくフェリー 五島列島を離れる朝、港にはフェリーつばきが近づいてきました。島の山並みと海が、帰路の始まりを静かに見送ります。
青空の下、港に停泊するフェリーつばき
フェリーつばきで海を渡る 車ごとフェリーに乗り込み、五島を後にします。空と海の明るさが、六日間の歩みを終えた朝を包んでいました。
フェリーつばきの車両甲板へ入るアーサー号
アーサー号もフェリーへ 陸路と海路を走り抜けてきたアーサー号も、フェリーの車両甲板へ。旅を支えた車も、ともに島を離れていきます。

フェリーの船内でも、会話は途切れませんでした。 何度も語られたのは、五島で触れた信仰の歴史です。 久賀島で聞いた迫害の証し、牢屋の窄で見た記憶、資料を守り伝えている人たちの存在。 それらは、帰り道になっても簡単に心から離れるものではありませんでした。

アーサー先生は、この地で起こったことを、もっと多くの人に見てもらいたいと語りました。 本で読むだけではなく、実際に島へ来て、道を歩き、海を渡り、 その場所に立つことで初めて受け取れるものがある。 特に都会にいる牧師やクリスチャンにも、この五島列島の信仰の歴史を知ってほしい。 その言葉には、今回の旅で受け取ったものを次へ渡していく責任が込められていました。

映像を通して伝えること、もう一度この地を訪ねること、 十字架を担いで歩く姿を島の人々の記憶に残していくこと。 帰路の船内で交わされた会話は、旅の反省会ではなく、 次の歩みを具体的に考え始める時間になっていきました。

フェリー船内で五島列島の信仰の歴史について語るアーサー先生
船内で続いた証し フェリーの船内でも、五島で見た信仰の歴史、出会い、これから伝えていくべきことが語られていきました。

フェリーで海を渡り、長崎へ。 空港に着いてからも、話題は五島列島のことへ戻っていきます。 今回、島の道で十字架を見た人たちがいました。 アーサー号を見て声をかけてくれた人たちもいました。 一度で終わるのではなく、何度も訪ね、歩き、祈り続けるなら、 その姿は島の記憶の中に残っていく。 その確信が、帰路の会話の中で少しずつ形になっていきました。

COLUMN

帰りの空港でも、思いがけない出会いが待っていた

長崎空港の保安検査場で、偶然アーサー先生の前に並んでいたのは、 日本聖書協会の職員の方でした。 かつてアーサー先生が日本聖書協会でメッセージをしたことがあり、 そのつながりが分かった瞬間、帰りの空港での時間までもが、 神の導きの中に置かれていたことを思わされました。

羽田から長崎へ向かう行きの飛行機でも、 アーサー先生のことをご存じの方との出会いがありました。 そして帰りの空港でも、またこのような偶然が用意されていた。 あまりにも自然に、しかし確かに重なる出会いの中に、 神の摂理を感じずにはいられない帰路となりました。

旅の終わりに近づくほど、今回の六日間がただの記録ではなく、 次の証しのために渡された素材であることが見えてきます。 道で出会った人、フェリーで渡った海、教会で祈った時間、 洗礼式で起こされた決断。 それらをどう伝えるのか。 空港での時間にも、その問いは静かに続いていました。

空港のカフェで笑顔を見せるアーサー先生
空港でも途切れない会話 島を離れてからも、会話は止まりません。次にこの地へ戻る時のこと、映像で伝えていくことが語られていきました。
長崎空港で日本聖書協会の職員の方と偶然出会うアーサー先生
帰りの空港での摂理の出会い 保安検査場で偶然前に並んでいたのは、日本聖書協会の職員の方でした。行きだけでなく帰りにも、不思議な出会いが用意されていました。

長崎空港で羽田便を待つ時間にも、旅はまだ終わっていませんでした。 コーヒーを前に言葉を交わし、荷物を整え、保安検査場へ向かう。 その一つひとつの場面の中に、六日間の歩みを受け取ったあとの静かな余韻がありました。

六日間の十字架行進は終わりました。 けれど、五島で見たもの、聞いた証し、出会った人々、与えられた祈りは、 それぞれの場所へ持ち帰られていきます。 帰ることは、終わることではなく、受け取ったものを次の場所で生き始めることでもあります。

フェリーで海を越え、飛行機で空を越え、東京へ。 五島列島十字架行進2026の帰路は、 静かに幕を閉じながらも、すでに次の歩みへ向かって開かれていました。 羽田に戻ってからも、五島で受け取った祈りと証しは、 アーサー先生の言葉の中に続いていました。

長崎空港で羽田便を待つアーサー先生
搭乗前、長崎空港で 羽田へ向かう便を待つ時間にも、アーサー先生のまわりでは旅を振り返る言葉が交わされていました。
長崎空港の保安検査場で手続きを進めるアーサー先生
保安検査場へ 長崎空港で羽田便へ。荷物を整え、保安検査場へ向かう一つひとつの場面にも、帰路の実感がありました。
羽田空港へ到着し手荷物を待つアーサー先生
羽田へ戻って 長崎から羽田へ。六日間の歩みを終え、東京に戻ってからも、五島で受け取ったものは心に残り続けていました。

SCHEDULE

行進スケジュール

具体的な十字架行進のルートが決まりました。各日の出発地、到着地、距離をわかりやすくまとめています。

五島キリスト教会にて伝道集会

会場:五島キリスト教会

住所:〒853-0033 長崎県五島市木場町524

Google Mapsで会場を見る
福江島
福江港 ~ 白良ヶ浜万葉公園

20km 384号線

福江島
白良ヶ浜万葉公園 ~ 旧たま丸乗船券売場

20km 384号線

久賀島
田の浦港 ~ カフェ さわらび

10km

奈留島
奈留ターミナル周辺 ~ 奈留島の道

8km

上五島
若松大橋駐車場 ~ 土井ノ浦港

5km

上五島
奈良尾港 ~ ローソン上五島有川店

20km

FIELD VIDEO UPDATES

現地からの映像

行進中に届くショート映像、現地レポート、祈りの記録をここに追加していきます。

DOCUMENTARY ARCHIVE

ドキュメンタリー映像

五島列島十字架行進の歩みをまとめたダイジェスト、ドキュメンタリー、特別映像をこのセクションにまとめます。

UPDATES

このページで更新していく内容

出発地点・集合情報

各日の詳しいコースや集合場所が決まり次第、追記します。

現地写真・映像

島々を歩く様子、祈り、出会い、集会の記録を掲載します。

ドキュメンタリー

行進後に公開される映像作品や紹介ページへのリンクをまとめます。

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祈りの旅を、必要としている人へ届けられるように。