去る者と残る者、ジーザスの問い
2025.11.07
皆さん、こんにちは。本日はご視聴いただきありがとうございます。今日は、私たちがなぜイエス・キリストのもとに留まり続けるのか、その核心に迫る聖書の言葉を分かち合いたいと思います。
なぜ主をほめたたえるのか
ダビデの詩篇に倣い、私たちの内なる全てで聖なる御名をほめたたえましょう
主のよくしてくださったことを忘れない
すべての咎を赦し、すべての病を癒やす
いのちを穴から贖い、恵みと憐れみの冠をかぶらせる
一生を良いもので満ち足らせ、あなたの若さを鷲のように新しくする
賛美は、私たちの中にある濁った罪を清め、栄光から栄光へとイエスの姿に変えていきます
© The Arthur Hollands Show
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ダビデは詩篇の中で「わがたましいよ、主をほめたたえよ」と、自分自身に叱咤激励するように歌いました。私たちが主をほめたたえるとき、主は私たちのすべての咎を赦し、病を癒やし、私たちの一生を良いもので満たしてくださいます。この賛美こそが、私たちを罪と死の法則から解放し、聖霊の命の支配へと導くのです。
本日の目次
1
ペテロの問いと告白
2
信仰の危機:なぜ人々は去ったのか
3
分水嶺:神の御心か、人の想いか
4
唯一の答え:永遠の命の言葉
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2
本日は、この4つの柱に沿ってお話を進めてまいります。
01
1. ペテロの問いと告白
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まず、本日の中心となる聖書の箇所をご紹介します。弟子たちのリーダー格であったペテロの、信仰告白です。
ヨハネの福音書 6章68節
主よ、私たちがだれのところに行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。
— シモン・ペテロ
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これが、シモン・ペテロがイエス様に答えた言葉です。「主よ、私たちがだれのところに行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます」。この言葉が語られた背景には、大きな出来事がありました。
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2. 信仰の危機:なぜ人々は去ったのか
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ペテロがこの告白をする直前、イエス様の周りでは多くの人々が彼のもとを去っていくという、深刻な事態が起こっていました。
多くの弟子がイエスから離れた背景
イエスの言葉は、多くの人々にとって「つまずき」となりました
隠喩的な言葉
「私の肉を食べ、私の血を飲む」という言葉を文字通り解釈し、誤解した
人間の思い
奇跡やメシアとしての期待に応えず、神のことより人間のことを思った
信仰のつまずき
心に疑いや不信が入り込み、「こんなおかしなリーダーにはついていけない」と判断した
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イエス様が「私は命のパンです」「私の肉を食べ、血を飲む者は…」と、ご自身の十字架を隠喩的に語られたとき、多くの弟子たちはその言葉につまずきました。彼らはその霊的な意味を理解できず、「もう聞いていられない」と、イエス様から離れていったのです。
十二弟子への問いかけ
多くの者が去っていく中、イエスは中心的な弟子たちに問いかけます
ヨハネ 6:66「こういうわけで、弟子たちのうちの多くの者が離れ去っていき、もはやイエスと共に歩かなかった」
ヨハネ 6:67「そこでイエスは十二弟子に言われた。『まさか、あなたがたも離れたいと思うのではないでしょう』」
これはイエス様の人間的な一面であり、同時に弟子たちの信仰を試す問いかけでした
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多くの者が去っていくのを見て、イエス様はそばにいた十二弟子に言われました。「まさか、あなたがたも離れたいと思うのではないでしょう」。これは、神であるイエス様が、非常に人間的な寂しさや問いかけをされた瞬間でもあります。
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3. 分水嶺:神の御心か、人の想いか
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このイエス様の問いは、私たち自身の信仰の分水嶺、つまり「神の御心」に従うか、「人間の想い」に従うかという選択を迫るものです。
信仰の葛藤:ある賛美奉仕者の例
奉仕をやめたいという葛藤は、悪魔の攻撃であることも多い
葛藤の表面化
「人の目が気になる」「言われたからやっていただけで、本当はやりたくない」
悪魔の攻撃
賛美リーダーは狙われやすい。「お前に資格はない」という罪責感で混乱させる
御心への回帰
静まって神と向き合い、「やめたい」思いの根源を探る。御心は何かを問いかけることが信仰
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以前、ある賛美奉仕者が「もうやめたい」と言い出したことがありました。彼は人の目が気になり、自分には資格がないと感じていたのです。しかし、賛美は悪魔が最も嫌うものであり、賛美リーダーは攻撃されやすいのです。「お前なんかに資格はない」と。大切なのは、その感情に流されるのではなく、一度立ち止まり、神様の御心は何かを問いかけることです。
留まるか、去るかの選択
私たちは感情ではなく、神の御心によって導かれる必要があります
人間の想い (感情)
一時的な葛藤や落ち込み
「やりたくない」という思い
人の目や批判が気になる
燃え尽き (Burnout)
神の御心 (信仰)
父が引き寄せてくださる
福音を伝えるという明確な使命
喜びと持続性がある
困難の中でも主を見上げる
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イエス様は言われました。「父の御心によるのでない限り、誰も私のところに来ることはできない」。私たちの感情や思いは移ろいやすいものです。しかし、神様の御心は変わりません。神様の御心でないことをやろうとすれば燃え尽きますが、御心の中にある働きには喜びと持続性があるのです。
40年のミニストリーと「神の御心」
「来る者拒まず、去る者追わず」—すべては神の導きの中にある
イエスのもとを去った弟子たちのように、私の40年の働きの中でも多くの人が去っていった
人をコントロールするのではなく、各自が御言葉に聞き従い、神の導きを第一にすることを語り続ける
私自身も不完全であり、罪を告白し、イエスに引き上げられて今がある
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私の40年間の働きの間にも、多くの人が教会やミニストリーを去っていきました。それは仕方のないことです。私は人をコントロールするのではなく、ただ、お互いが神の御心の中で生きればいいと願っています。私自身も不完全な人間ですが、その都度イエス様に立ち返り、引き上げられてきました。
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4. 唯一の答え:永遠の命の言葉
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だからこそ、私たちはペテロの答えに立ち返るのです。彼が見出した、唯一の答えです。
なぜイエスのもとに留まるのか
ペテロの告白が示す、信仰の核心
永遠の命の言葉
道・真理・いのち
父なる神の引き寄せ
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私たちがイエス様のもとに留まる理由は明確です。第一に、イエス様だけが「永遠の命の言葉」を持っておられるからです。第二に、イエス様ご自身が「道であり、真理であり、いのち」だからです。そして第三に、そもそも私たちがイエス様のもとに来られたのは、父なる神様が引き寄せてくださったからです。
天と地をつなぐ「とりなし」
聖霊が引き寄せ、イエスがとりなし、私たちは互いのために祈る
イエス (御子)
神の右の座で、私たちのためにとりなす
聖霊
祈れない私たちのために代弁し、とりなす
信仰を失わないように助ける
私たち
互いのために(スタッフや視聴者)とりなす
御言葉の真理が届くよう祈る
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そして、私たちは一人ではありません。天では、イエス様が父の右の座で私たちのためにとりなしていてくださいます。地上では、聖霊様が私たちのために祈りの代弁者となってくださいます。そして私たち自身も、この番組のスタッフや、視聴者の皆さんのために、日々とりなし祈っています。
この番組の使命
「キリストが栄え、私たちが劣る」番組であること
この番組も、神の御心でなければ続かない
祈りの課題:御言葉の真理を一人ひとりの心に届けること
この番組を通して、あなたと神が「つながる」ことが最も重要
永遠の命の言葉が、あなたにリバイバルを起こし、人生を変える
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この番組も、神様の御心でなければ続きません。私たちの願いはただ一つ、ここで語られる永遠の命の言葉、その真理が、見ているお一人お一人の心に届くことです。この番組がきっかけとなり、あなたがイエス様とつながれば、それでいいのです。この永遠の命の言葉が、あなたの人生を変え、祝福をもたらします。
主よ、私たちはだれのところに行きましょうか。あなただけが、永遠の命の言葉を持っておられます。この言葉に堅く立ち続けましょう。今日も一日、素晴らしい日となりますように。