信仰の創始者・完成者
ジーザスに目を上げよ
2025.11.19
本日は、ヘブル人への手紙12章を通して、私たちの信仰の対象であるイエス・キリストについて深く見つめていきたいと思います。賛美歌「輝く日を仰ぐとき」にもあるように、天地万物を創造された神は、私たちの救いのために御子をこの世に送ってくださいました。信仰の旅路において、私たちがどこを見つめ、どのように歩むべきか、ご一緒に学んでまいりましょう。
本日のメッセージ構成
1
信仰の創始者・完成者とは
2
十字架の忍耐と喜び
3
信仰の競走を走り抜く
4
新しい創造への希望
© The Arthur Hollands Show
1
本日のメッセージは4つのポイントで進めます。まず、聖書が語る「信仰の創始者・完成者」という言葉の意味を掘り下げます。次に、イエス様が通られた十字架の道とその先にある喜びについて。そして、私たち自身が信仰のレースをどう走り抜くか。最後に、神が用意されている「新しい創造」の希望についてお話しします。
01
信仰の創始者・完成者とは
© The Arthur Hollands Show
2
第一のポイントです。ヘブル人への手紙12章2節にある「信仰の創始者であり、完成者であるイエス」という言葉。ここには、私たちの信仰のすべての答えがあります。
主題聖句
ヘブル人への手紙 12章2節
信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。
— 新約聖書
© The Arthur Hollands Show
3
ご一緒に読みましょう。「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい」。この言葉は非常に深いです。神は、良い働きを始められたなら、それを必ず完成へと導いてくださる方です。アルファでありオメガであり、始めであり終わりであるお方。私たちの人生も、この方によって始まり、この方によって完成されるのです。
神の完全な計画
始めから終わりまでを統べる方
JESUS
信仰の創始者
創造と開始
共に歩まれる主
導きと介入
信仰の完成者
完成と成就
変わらぬお方
永遠の支配
© The Arthur Hollands Show
4
イエス様は「信仰の創始者」です。天地創造の時に「光あれ」と言われたその言葉が、私たちの内にも信仰の光を灯してくださいました。そして同時に「完成者」でもあります。どんなに妨げがあっても、神は立てた計画を必ず全うされます。天と地を一つにし、私たちの人生をも完成させてくださる。このサイクル、この完全な御手の中心にイエス様がおられるのです。
02
十字架の忍耐と喜び
© The Arthur Hollands Show
5
次に、イエス様がどのようにしてその道を歩まれたのかを見ていきます。そこには想像を絶する苦しみと、それ勝る喜びがありました。
イエスの歩まれた道
喜びのゆえに選び取られた道
十字架前
受難の恥ずかしめ
ゴルゴタ
十字架の忍耐
三日目
死と復活
現在
着座ととりなし
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6
イエス様の歩みを見てください。十字架の恥ずかしめ、暴力、あざけり。肉体的な激痛だけでなく、精神的な屈辱。しかし、イエス様はそれを「ものともせず」忍ばれました。死んで、よみがえり、今は父なる神の右の座に着座されています。そして今も、私たちのためにとりなして祈っていてくださるのです。
恥ずかしめと喜び
イエスを突き動かした動機
十字架の苦難
肉体的な激痛と死
裸にされる恥辱
人々のあざけりと拒絶
罪の重荷を背負う苦しみ
前に置かれた喜び
人類の贖いと救い
罪の赦しの完成
新しい創造の実現
父なる神の栄光
© The Arthur Hollands Show
7
なぜイエス様はそこまでできたのでしょうか。聖書は「ご自分の前に置かれた喜びのゆえに」と語ります。その喜びとは何でしょう。それは、私たちを贖う喜びです。罪人が救われ、神との関係が回復し、新しい創造がもたらされること。その喜びが見えていたからこそ、現在の恥ずかしめを耐え抜くことができたのです。
03
信仰の競走を走り抜く
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8
では、私たち自身はどう生きるべきでしょうか。聖書は私たちの人生を「競走」に例えています。
競走を走り抜くステップ
ヘブル12章1節の実践
STEP 1
一切の重荷を捨てる
STEP 2
まとわりつく罪を捨てる
STEP 3
忍耐を持って走る
STEP 4
イエスを見上げる
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9
私たちがこの信仰のレースを走り抜くためには、まず「重荷」と「まとわりつく罪」を捨てなければなりません。日々の生活で絡みついてくる恐れや不安、誘惑。それらを脱ぎ捨てて、忍耐を持って走るのです。そして何より大切なのは、ゴールの先におられるイエス様から目を離さないことです。
共にある十字架
ガラテヤ人への手紙 2章20節
私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。
— パウロ
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10
この競走は一人で走るのではありません。パウロは言いました。「私はキリストとともに十字架につけられた」と。イエス様の死と復活は、私の死と復活でもあります。私の古い自分、「我(が)」は十字架につけられ、今はキリストが私のうちに生きておられる。この信仰の自覚が、私たちに走り続ける力を与えます。
04
新しい創造への希望
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11
最後に、この信仰がもたらす希望、「新しい創造」についてお話しします。
信仰による変革
Already but Not Yet(すでに、しかしまだ)
望む
見えない事実を確信する
語る
信仰の言葉を宣言する
見る
神の御業が現れる
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12
信仰とは「望んでいる事柄を保証し、目に見えない事実を確信させる」ものです。「すでに」約束されているけれど、「まだ」見ていない現実。その狭間で、私たちは信仰によって望み、語り、そして神の御業を見ます。荒野に道が、荒地に川ができるように、神は私たちの人生に「ニュー・クリエーション(新しい創造)」を起こしてくださいます。
信仰に生きるということ
日々の歩みの中で
聖霊による歩み
自分の力ではなく、神の息吹に頼って生きる
委ねる姿勢
思い煩いを手放し、神の計画を信頼する
とりなしの祈り
イエスのように、他者の回復のために祈る
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13
信仰に生きるとは、聖霊によって歩むことです。自分の力で頑張るのではなく、思い煩いを主に委ねて生きることです。そして、イエス様が私たちを取りなしてくださっているように、私たちも周りの人のために祈りましょう。信仰は私たちを成長させ、キリストの姿へと変えていきます。
信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでください。もし今、心が疲れているなら、イエス様があなたの元気を回復させてくださいます。十字架の苦しみを忍ばれた方が、あなたの苦しみを理解し、共にいてくださいます。この方を信じて、新しい一週間も歩んでまいりましょう。