生まれ育った場所、親から受け取れなかったもの、勝っても消えなかった孤独、取り返せない失敗。私たちは時に、人生の一部へ「無駄だった」と札を貼る。けれど大阪アッセンブリー伝道セミナーでアーサー・ホーランドが語った証しは、その札を一枚ずつ剥がしていく。

西成で育った少年が十字架を担ぎ、日本、韓国、台湾、そしてアメリカを歩いたのは、強い意志だけがあったからではない。自分がジーザスに愛されていると知り、過去まで神の御手に用いられると知ったからだ。受けた愛への応答が、彼を「証人」として外へ押し出した。

大阪アッセンブリー伝道セミナーで自身の歩みを語るアーサー・ホーランド
七十五歳を迎えた今、自分の歩みを振り返りながら「神と出会うなら、過去は無駄にならない」と語る。

「愛の子」は、愛されている子

物語の出発点は大阪・西成だった。アーサー先生はそこを「浪花のブルックリン」「ヤクザのエルサレム」と表現する。アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、周囲から向けられる言葉に傷つくこともあった。その時、祖母は「愛の子」という言葉に別の意味を与えた。

「正之、愛の子いうのはな、愛されてる子供やいう意味やで」。ARTHUR HOLLANDS

出自を説明する呼び名が、存在を肯定する言葉へ変えられた。「何者か」より先に、「愛されている子」だと告げられた。この祖母のまなざしは、後にジーザスの愛を受け取るための土台になっていく。

過去は、神の手の中で証しに変わる

祖父母が営んでいた店「春日」には、警察官も、ヤクザも、さまざまな人が集まった。祖母は食事を出すだけでなく、人の話を聞いた。アーサー先生は、その環境が後の働きとつながっていると振り返る。

神様と出会ったら無駄なことはないんです。全て益になるんです。ARTHUR HOLLANDS

神は過去の痛みを「なかったこと」にはされない。しかし、それを誰かの痛みに寄り添う力へ変える。ローマ人への手紙8章28節の「益」とは、すべてが最初から良かったという意味ではない。神が、良くなかった出来事さえも救いの物語へ織り込まれるという約束だ。

岡野功先生の正気塾で柔道に打ち込んだ時代の集合写真
東京オリンピック金メダリストの岡野功先生のもと、正気塾で鍛えられた。厳しい稽古も後の歩みの一部になった。

勝っても、心の問いは消えなかった

柔道とレスリングの世界で結果を求め、アメリカでも競技を続けた。けれど勝負は、心を満たし続けてはくれなかった。「勝てば嬉しい、負けたら悔しい」。その繰り返しの中で、自分はどこから来て、どこへ行き、何のために生きるのかという問いが深くなっていった。

やがて首の骨を折り、入院する。身体の強さで前へ進んできた人生が止められた時、競技の成績では答えられない問いが残った。挫折は終点ではなく、より深いものを求める入口になった。

首の骨を折って入院した後、首を固定して立つ若き日のアーサー・ホーランド
首の骨を折って入院し、そこからもう一度のカムバックを目指した時代。

「神様、いるなら証明してください」

宗教の名前は周囲にいくつもあった。けれど、本当に求めている神が誰なのかは分からなかった。波の音を聞き、風を感じる中で、アーサー先生は率直に祈った。

神様、いるなら証明してください。ARTHUR HOLLANDS

岡野先生に連れられて行ったのは、高齢者の多い小さな教会だった。震える手でジュースとドーナツを運んでくれた女性が、まっすぐ目を見て告げた。

「アーサー、イエス様はアーサーを愛してるよ」。ARTHUR HOLLANDS

その優しさに触れ、初めて「どうしてキリストは十字架で死んだのですか」と尋ねた。自分の罪のために死に、よみがえり、心の扉を叩いておられる方だと聞いて、心を開いた。そしてその日のうちに海へ行き、洗礼を受けた。

水の中で一人の人に洗礼を授けるアーサー・ホーランド自身の写真
信じたその日に海で洗礼を受けた経験は、後に人々をジーザスへ導く歩みへつながっていった。

「難しい」を越えて、アルタ前へ

日本へ宣教師として来ると、「日本の伝道は難しい」「日本人はなかなか信じない」と繰り返し聞かされた。だが、難しいという言葉に従うのではなく、聖霊に満たされ、大胆に福音を伝えさせてくださいと祈った。

新宿で待ち時間ができたある日、アルタ前に集まる人々の姿が心に焼きついた。白いスーツに赤いネクタイで街へ立ち、震えながら語り始める。すると、内側から言葉があふれた。

あなたは愛されているという言葉を話し始めたら、もう言葉がバンバン出てくる。ARTHUR HOLLANDS

赤いスーツで新宿アルタ前に立ち路傍伝道をするアーサー・ホーランド
赤いスーツで新宿アルタ前に立ち、「あなたは愛されている」と語り続けた路傍伝道。

十字架を担い、教会の外へ出る

人が教会へ来ないなら、十字架を担いで自分から出て行こう。四十代で始めた十字架行進は、日本だけでなく、韓国、台湾、アメリカへ広がった。それは目立つための演出ではなく、自分のために代価を払ったキリストへの感謝から生まれた応答だった。

俺はキリストに惚れてるんですよ。キリストに恩義を感じてるんですよ。ARTHUR HOLLANDS

十字架行進に巻き込まれた八人のヤクザが、やがて皆牧師になり、ミッション・バラバが始まった。西成で見てきた人々、祖母の店で身についた「分け隔てなく話を聞く」という姿勢、そして十字架——別々に見えた人生の断片が、ここで一つにつながる。

元ヤクザたちと共に立つアーサー・ホーランドを紹介するミッション・バラバの写真
十字架行進との出会いから救いへ導かれた元ヤクザたちと、ミッション・バラバが始まった。

四千キロの最後に、一人が待っていた

アメリカ横断四千キロ、七か月。歩みの最後の日に出会ったのは、孤独を抱えたベトナム帰還兵レイだった。自分がなぜここまで歩かされたのか、その答えが「目の前の一人」と重なった。

今日ここでお前と出会うために、俺は歩かされてきたんだな。ARTHUR HOLLANDS

大勢の前で語ることだけが宣教ではない。長い道の終わりで一人と出会い、その一人がジーザスを信じる。神の導きは、数字では測れない一人の人生へ向かっている。

あなたも、今日いる場所で証人になれる

この証しは、アーサー先生だけの特別な物語で終わらない。肩書きがなくても、若くなくても、すべてを整えてからでなくても、愛された者は愛を運べる。まだ息をしているなら、神はその人生を用いることができる。

牧師とか伝道者というタイトルがなくても、皆、主の証人。ARTHUR HOLLANDS

十字架と世界を歩かせたものは、自己証明ではなかった。ジーザスに愛され、救われたことへの感謝だった。そして、その応答を実際の行動へ変えるのが聖霊の力だ。今日の問いは「アーサー先生のようなことができるか」ではない。神が自分の過去をどう用い、今日出会う一人へどんな愛を届けようとしておられるか、である。

手を挙げて会衆と祈るアーサー・ホーランド
「主よ、あなたの証人になります」。自分の力ではなく、聖霊によって遣わされるための祈り。