佐渡島十字架行進 2026 総まとめダイジェスト

5日間・104.8kmの旅を、
この一本に。

十字架を携え、祈りとともに歩いた佐渡の旅。
その5日間を、ダイジェスト映像で振り返ります。

SADO DAY04 アーサー・ホーランド メッセージ

あなたの価値は、
誰かの評価では決まらない

「あなたは愛されている」。十字架を担ぎ、歩き続ける理由がここに。
2026年8月26日 · 真野シェアベースカフェ

SADO ISLAND 2026 佐渡島十字架行進の告知チラシ

ARTHUR HOLLANDS

WALK ACROSS
SADO ISLAND 2026
アーサー・ホーランド
佐渡島十字架行進 2026

2026年8月、十字架を携え、祈りとともに佐渡島104.8kmを歩いた5日間。両津を出発し、島の南側から東海岸をつないで、再び両津へ戻りました。

DATE
8.23 SUN — 8.27 THU
DISTANCE
104.8 KM / 5 DAYS
PLACE
SADO ISLAND, NIIGATA
総まとめ映像を見る

ABOUT THE WALK

佐渡島を、祈りとともに歩いた。

2026年8月23日(日)から27日(木)まで、アーサー・ホーランドが十字架を携え、両津を起点に佐渡島104.8kmを5日間で歩きました。

01

両津から、両津へ

島の南側から東海岸をつなぎ、5日目に両津へ戻った行程です。

02

5日間・104.8km

各日の出発時刻、区間、実際に歩いた距離、Googleマップを掲載しています。

03

祈りを携えて

佐渡に暮らす人々と島の平安を覚えながら、一歩ずつ歩きました。

緑に囲まれた一本道を歩くアーサー・ホーランド

THE WALK CONTINUES

これまでの歩みを、佐渡へ。

十字架を担ぎ、日本や世界の各地を歩き続けてきたアーサー・ホーランド。その歩みは2026年夏、佐渡島へと続き、5日間で104.8kmを歩きました。

DAY 01 REPORT / 2026.08.23

「見てください、
水があります」

佐渡島十字架行進、1日目。海の上から始まった一日は、片山さんご一家の洗礼へと流れていった。

DAY 01 両津夷 → 長石海水浴場 距離 16.7km
佐渡の道で十字架を担ぐダイスケさんと、その隣を歩くアーサー・ホーランド
洗礼を数時間後に控え、十字架を担いで歩くダイスケさんとアーサー先生。

SADO, DAY ONE

夜明け前の新潟を出て、海を渡り、十字架を担いで島を歩いた。

2026年8月23日。5日間で104.8キロを歩いた佐渡島十字架行進の初日は、海の上から始まった。

二年越しの島

夜明け前の新潟。見送りに駆けつけたのは、アーサー先生のバイクチーム「ロードエンジェルズ」の光さん。少しでも一行を見送りたいと、前日のうちに茨城から新潟へ入り、この朝、港まで送りに来てくれた。

ところが、皆で朝のディボーションをしようというその前に、光さんのバイクの鍵が見当たらないことに気づいた。レッカーを呼ぶか、新しい鍵を作るか、バイクを置いて電車で帰るか——半ば諦めかけている光さんの事情を聞いて、皆でそのことを祈った。祈って、見送られて、一行はフェリーターミナルへ向かった。

朝6時、佐渡汽船のフェリーが新潟港を離れた。出航のアナウンスが流れるころ、「鍵、あった」という知らせが届いた。旅立ちの朝に与えられた小さな答えに、皆の顔がほころんだ。

デッキへ出ると、手すりや救命艇の上に、何羽ものウミネコがちょこんと乗っていた。飛んで船を追うのではなく、船の一員のように静かに乗っている。そして不思議なことに、どのウミネコもそろって進行方向を向いていた。「この船に乗れば島に着くと学習しているんですかね」と誰かが言って、小さな笑いになった。

後藤さんが取っておいてくれた船室で、一行は輪になって祈った。アーサー・ホーランド、後藤さん、そしてHIROさん。元レーサーのHIROさんは、五島列島十字架行進の全旅程を共にした人だ。今回も佐渡の全旅程を共にするために、合流した。また一緒に歩けることが、確かな支えになっている。

朝の祈りは、感謝から始まった。祈りが聞かれて、光さんの鍵が見つかったこと。小さな出来事かもしれない。けれど旅の初めに、祈りはちゃんと届くのだと皆で確かめるような時間だった。

祈りの中で、二年前のことが思い起こされた。新潟の海岸線を歩いた時、沖に浮かぶ島影を見ながら「来年はここ行きたいな」と言ったのはバングラさんだった。翌年の行き先は能登に変わり、バングラさんは今年1月、天に帰った。十字架の手入れをしていると今も思い出す、という声があった。二年越しに、一行はその島へ渡る。

祈りはそのまま、この日の中心へ向かっていった。今日、島で洗礼を受ける片山さんご一家がいる。恵子さんが祈り続けてきたことが、ダイスケさんに、そして娘さんに届いた。そのことへの感謝が、船室で幾重にも祈られた。祈りを終えるころ、窓の外には島影が近づいていた。

夜明けの新潟を出発するアーサー号
夜明け前の新潟。アーサー号はフェリーターミナルへ。
佐渡汽船の手すりや救命艇の上に何羽も乗っているウミネコ
何羽ものウミネコが、そろって進行方向を向いて船に乗っていた。
佐渡汽船の船に乗り、進行方向を向いて座る二羽のウミネコ
二羽の視線も、船の進む先へ。

両津港から

8時半ごろ、両津港。桟橋の向こうに、片山さんご一家の姿があった。新潟からこの日のために海を渡ってきた三人である。お母さんの恵子さんは二年半前、思い立ってメールを送り、東京・成増の教会で一人で洗礼を受けた。そして今回、娘と主人も、その変わっていく姿を見て、家族全員が洗礼を受けたいとなったのだ。

港には、小田原から来た佐藤さんの姿もあった。神奈川の海老名から夜行バスに乗り、約10時間かけて新潟までたどり着いたという。佐藤さんは純一さんの友人だ。純一さんは、お母さまの代からアーサー先生をよく知る間柄で、先日も小田原にアーサー先生を招き、伝道集会「Saturday Night Arthur」を開いたばかり。小田原で生まれたつながりが、海を越えて佐渡まで続いていた。佐渡島十字架行進の告知を見つけ、参加を決めたのは一週間ほど前。それでも初日だけではなく、五日間の全日程を共にする予定で来ている。

自己紹介の輪の中で、ダイスケさんが口を開いた。洗礼を受けるきっかけは、国家試験だったという。

「合格発表の前日に、受かったら僕は仕えますと、心の中で誓ったんです。そうしたら受かってしまって。今日はそのために、神様に会いに来ました」

今日は距離にとらわれず、洗礼式を迎える準備として、十字架に触れ、担ぎながら楽しんで歩こう。後藤さんがそう呼びかけ、十字架は港を出発した。

両津の町を十字架とともに歩くアーサー・ホーランド
両津の町を、十字架が歩き出す。
田園のそばを十字架とともに歩くダイスケさんとアーサー・ホーランド
島の道を、交代で担ぎながら進む。

小さな十字架

道中、ダイスケさんが試験の日のことをもう少し話してくれた。当日の朝、恵子さんが小さな十字架を持たせてくれたのだという。「わからない問題があったら、握っておけばどうにかなるから」と。会場で本当にポケットの中の十字架を握りながら解いた。難しいと感じた問題が、あとで答え合わせをしたら「全部合ってたんですよ」。アーサーが笑った。恵子さんの祈りが、背後にあったんだね。

合格した国家試験では、東洋医学や西洋医学、解剖学、生理学などが問われた。教員として、バスケットボールの指導者として、生徒たちの体を自分の手で診られるようになりたかったのだと言う。ご夫妻が通っていたのは、新潟のミッションスクールだった。学生時代、意味も分からず出ていた礼拝。それでも「やっぱり、種は蒔かれてたんだね」とアーサーは言った。家でお母さんが賛美歌を歌うのを聞くうちに、眠っていたものが目を覚ましたのだ、と。

道の途中では、不思議な再会もあった。友人と佐渡に来ていたバイク乗りの女性が、偶然、行進の列に行き合わせたのだ。数年前にアーサーから洗礼を受けた人だった。短い祝福の祈りを受け、彼女は走り去っていった。「これが十字架行進のミステリーなんだよな」

佐渡の道端で再会した女性を祝福して祈るアーサー・ホーランド
歩みの途中で、思いがけない再会。道端で短い祝福の祈りがささげられた。

入り江の昼

昼前、港からの道のりをひと区切りして、一行は洗礼式の浜へ移った。「いいウォームアップになったね」とアーサー。入り江になった海水浴場は、日本海とは思えないほど波がなかった。

HIROさんが自宅から持ってきたコーヒーセットで、挽きたての豆からコーヒーが淹れられた。アーサーは自家製のピーナッツバターとバナナのサンドを「試してごらん」と皆に振る舞う。ふと会話が途切れた時、アーサーが海を見ながら言った。こうしていると静かだよな。この沈黙の中に神がいるのに——。誰も続きを急がなかった。

静かな海辺で昼食をとるアーサー・ホーランドと参加者
海沿いでひと休み。波は驚くほど静かだった。

BAPTISM BY THE SEA

水があります

午後、浜辺に集まった一行は、賛美歌「主は今生きておられる」を歌った。それから後藤さんが、使徒行伝8章を朗読する。旅の途中で福音を聞いたエチオピアの高官が、水辺に差しかかって言う場面である。

「見てください。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何か妨げがあるでしょうか」

目の前に、その水があった。水に沈むのは古い自分の死、上がってくるのはよみがえりのしるし。心で信じたことを、形で表すのが洗礼式なんだと、アーサーは語った。

海を前に祈るアーサー・ホーランド
式を前に、静かな海へ祈りを向けるアーサー先生。

最初に海に入ったのはダイスケさんだった。式が始まる前から、涙が止まらなくなっていた。「自然と涙が出るんですけど」「いいんだよ。それ、ジーザスが触れてくれてんだよ」。あなたはイエス・キリストを罪からの救い主として信じますか——信じます。短い問いと答えのあと、体が水に沈み、上がってきた。拍手が起きた。

次は恵子さん。二年半前に一人で受けた洗礼を、今日は家族とともに、気持ちを新たにして受け直す。アーサーは祈りの中で、美容師という仕事は人を美しくし、人に触れて癒やす働きなのだと語り、「彼女の心の底にある願いが今日成就したことも感謝します」と続けた。

最後に娘さん。「ここでちゃんと支えるから、大丈夫だよ」。一瞬だよ、という声とともに水をくぐり、笑顔で立ち上がった。

三人が一人ひとり、同じ海で、同じ問いに「信じます」と答えて水をくぐった。「家族全員というのは、なかなかないケースだよ。あなたたちも嬉しいけど、俺たちも嬉しい」とアーサーが言う。

映像で見る——「自然と涙が出るんです」父・母・娘、佐渡の海で受けた洗礼。写真とことばでたどる単独記事はこちら
後藤さんとアーサー・ホーランドに支えられ、海で洗礼を受けるダイスケさん
後藤さんとアーサー・ホーランドに支えられ、海で洗礼式に臨む恵子さん
後藤さんとアーサー・ホーランドに支えられ、海で洗礼式に臨む娘さん

ダイスケさん、恵子さん、娘さん。一人ひとりが同じ海で、同じ問いに「信じます」と答えた。

浜辺の聖餐式

そのまま浜辺で、後藤さんの導きで聖餐式が持たれた。パンは裂かれたイエスの体、杯は流された血。普通に生活できること自体が奇跡だった。今、私たちがこうして生きていること、この場所に集まれたこと、その一つひとつが奇跡です——。後藤さんはそう祈った。

「波も喜んでるよ。ハレルヤって言ってる。俺にはそう聞こえるけど」とアーサーが言い、みんなが笑った。

十字架行進の写真を織り込んだ、できたばかりの3冊の新約聖書が片山さんご一家に手渡された。そして、この浜にはもうひとつの偶然があった。ダイスケさんは毎年、部活の合宿でこの海に来ているのだという。「よく考えたら俺、毎年一回、この海で泳ぐんですよ」。馴染みの浜が、洗礼の場所になった。「毎年、思い出せるってことです」

洗礼後、海辺で十字架を囲む片山さんご一家、アーサー・ホーランドと参加者たち
十字架とともに、海を背にして。片山さんご一家と仲間たち。

THE FIRST DAY CLOSES

一日目の終わりに

夕方の便で島を後にする片山さんご一家を見送り、一行は明日の行程を確かめた。実際に16.7キロを歩いたこの日、一行が選んだのは、距離を刻むことよりも、一つの家族の洗礼を一日の真ん中に置くことだった。

船室の祈りで始まり、海の中で頂点を迎え、浜辺の聖餐式で閉じた一日。二年前に島影を見て「行きたいな」と言った人の願いは、こういう形で、初日から実を結び始めている。佐渡島十字架行進は、まだ始まったばかりだ。

DAY 02 REPORT / 2026.08.24

「この佐渡島のために、歩きながら
祈ってるんです」

朝のディボーションから、稲穂の道、青い海、上り坂へ。祈りと会話と賛美を重ねながら、一行がともに歩いた二日目。

DAY 02 長石海水浴場 → 小木町 距離 24.2km
実りを迎えた佐渡の田んぼの横を十字架を担ぐアーサー・ホーランドと参加者たち
朝7時台。稲穂と山並みの間を、参加者たちがともに歩き始めた。

SADO, DAY TWO

歩くことと、祈ること。語り合うことと、賛美すること。そのすべてが、一日の道の上で一つになっていった。

2026年8月24日。佐渡島十字架行進2日目、長石海水浴場から小木町まで実際に歩いた距離は24.2km。朝6時25分ごろ、一行は車内でのディボーションから一日を始めた。

十字架を担ぐ人、そのそばを歩く人、撮影しながら後ろを追う人。役割は違っても、同じ道を進む仲間たちの声と足音が、朝から午後まで途切れずに続いた。

朝6時25分、車内のディボーション

町が本格的に動き出す前、一行は車の中に集まっていた。まず振り返ったのは、前日に片山さんご一家が受けた洗礼のことだった。それから、賛美歌「罪とがを赦され」を歌う。声を合わせたあと、聖書が開かれた。

朝の会話では、ここへ来ると決めた時から「もう見るものが全部変わってくる」と語られた。昨日までなら通り過ぎていた風景も、祈るために歩く道として見ると、受け取り方が変わる。その言葉を聞いてから、一行はこの日の御言葉へ耳を傾けた。

この朝に読んだのは、第一コリント2章1節から5節。パウロが福音を伝えたとき、人を説得する知恵や雄弁さに頼ったのではなく、信仰が神の力に支えられることを願った箇所である。

分かち合いの中で、参加者から「自分の言葉できちんと伝えられるようになりたい」という声が上がった。すると、話すことが得意でなくても、神に触れられた体験は語りたくなるものだ、という応答が続いた。自分が心を動かされてきた言葉も、振り返ればごくシンプルなものだった、という話も出た。

うまく整えた言葉を探す前に、与えられた体験を自分の言葉で話す。朝の分かち合いは、そのことを互いに確かめる時間になった。

最後に、この日道で行き会う人、佐渡に暮らす人、そして一緒に歩く参加者たちのために祈った。7時ごろ、車を降りる。十字架が道に出て、二日目の歩みが始まった。

車内で開いた聖書を前に朝の御言葉を分かち合うアーサー・ホーランド
聖書を開き、二日目の歩みをディボーションから始める。

稲穂の道を、共に歩く

朝の光の中、道の両側には稲田が広がっていた。重みを増した稲穂の向こうに佐渡の山並みが横たわり、その上に夏の雲が浮かんでいる。田んぼの間をまっすぐ延びる道を、十字架と一行が進んだ。

海辺とは違い、視界いっぱいに田と空が広がる。「海とはまた違った開放感だよね」と声が上がった。前日から佐渡の海を見てきた一行にとって、朝の田園はもう一つの島の表情だった。

担ぐ人は一人ではない。交代しながら十字架を担ぎ、その横や少し後ろを仲間たちが歩く。道幅が変われば列の形も変わり、車が近づけば互いに声をかけた。距離だけを見れば長い一日も、一人だけの歩みではなかった。

歩きながら、朝のディボーションで始まった会話が続いた。信仰のこと、賛美のこと、それぞれが経験してきたこと。アーサーは、この行進で大切にしたいことをこう言った。

「俺、運動と祈りと賛美を合体させたい」

体を動かす時間と、神に向かう時間を分けない。歩きながら祈り、歩きながら歌い、並んだ人と話す。その言葉どおりの時間が、田園の道で続いていた。

会話はやがて、イエスと弟子たちの旅へ移った。聖書に記された出来事の間にも、町から町へ歩く長い時間があり、そこで数えきれない言葉が交わされたはずだ。アーサーは、道を進みながら言った。

「その旅してる時の会話なんて、相当なメッセージになると思うよ」

人前で語るメッセージだけが、心に残る言葉ではない。隣を歩く人に語ること。問いかけを受けて答えること。笑い、黙り、また話し始めること。十字架行進の一日は、そうした道の上の交わりによってもつくられていた。

佐渡の稲田と山並みを背に十字架を担ぐアーサー・ホーランドと参加者たち
担ぐ人のそばを仲間たちが歩き、田園の道を進んだ。

祈りを重ね、海へ

9時20分ごろ、一行は道の途中で足を止めた。佐渡に暮らす人々と教会、家族のために、まとまった祈りをささげる。祈りの中では、歩けること、自然を見られること、風を感じられること、仲間と交われること、生きて動いていることへの感謝も語られた。

祈り終えると、またそれぞれの位置に戻り、歩き出した。この日の祈りは、一度きりの時間ではなく、歩みの中に何度も置かれていった。

9時35分ごろ、視界が大きく開けた。「すごい綺麗な海ですね」という参加者の声に、アーサーが応じる。

「この緑とブルーオーシャンの間、歩くのいいね」

山側の緑と、海の青。その間の道を、十字架を担いだ人と仲間たちが進む。稲田の中にいた朝とは景色が変わっても、会話と祈りはそのまま海沿いへ運ばれていった。

9時42分ごろ、道は人面岩と呼ばれる岩のある海辺にさしかかった。一行は少し足を止め、海と岩を眺めた。そこで交わされたのは、「ちょっとした寄り道が旅を楽しませる」「道草っていうのが大切なんだ、やっぱり」という言葉だった。

24.2kmを歩いたこの日にも、目の前の景色を受け取る数分がある。急いで通り過ぎれば残らなかった海の色も、岩の形も、ともに立ち止まった記憶として一日の中に加わった。

青い海を背に十字架を担ぐアーサー・ホーランドと参加者たち
緑と青い海の間を、一行が並んで歩く。
人面岩と呼ばれる佐渡の海辺の岩の前に立つアーサー・ホーランド
人面岩の海辺で、ほんの少し道草をした。

「人が歩くように、この道はできてない」

美しい景色の一方で、道はいつも歩きやすいとは限らなかった。歩道のない区間では、車の動きを確かめながら進む。10時28分ごろ、アーサーは道を見て言った。

「人が歩くように、この道はできてない。しかし人は歩ける」

続いて、「ここはね、お互い気をつけて」と声がかかる。十字架を担ぐことだけでなく、周囲を見ること、間隔を保つこと、仲間の位置を確かめることも、この日の歩みの一部だった。

日差しが強くなるにつれ、水分補給も欠かせない。11時8分ごろには「こういう時は水分の補給が非常に大切になるんだ」と声をかけ、休める場所では足を止めた。祈りの旅であっても、体の状態を置き去りにはしない。誰かが担ぎ、誰かが見守り、必要なときには休む。その繰り返しで一行は先へ進んだ。

起伏のある佐渡の道で十字架を担ぐ参加者と、そのそばを歩くアーサー・ホーランド
十字架を担ぐ仲間のそばを歩き、起伏のある道をともに進む。

工事現場からの声

11時を過ぎたころ、道は海沿いの集落へ入っていた。ここでも祈りは続く。家々に暮らす人々のために、通り過ぎる車に乗る人のために、十字架を目にする人のために。目の前を通る暮らしを覚えながら、一行は歩いた。

自然を見ることができること、風を感じられることへの感謝も祈りの中で語られた。海を見て、アーサーが「穏やかな波だね」と言う。声を張り上げる場面ばかりではない。波を見ながら歩く静かな時間にも、祈りがあった。

その途中、工事現場で働く方が一行に声をかけてくださった。アーサーは、その方に、この行進に込めている願いをまっすぐ伝えた。

「この佐渡島のために歩きながら祈ってるんです」

続けて、「Thank you。声かけてくれて」と感謝を返した。道を歩く一行と、そこで働く方との間に、あたたかな言葉が交わされた。朝のディボーションで分かち合った「自分の言葉で伝える」ということが、道の上で自然なかたちになった。声をかけてくださったことに感謝し、一行は再び祈りの道を進んだ。

青空の下、十字架を担ぐアーサー・ホーランドと参加者たちが佐渡の道を歩く様子
家々や道を行く人々を覚え、祈りを重ねながら進む。

上り坂に、歌が続く

午後、日差しはさらに強くなった。この日の道は、終わりの祈りで「かなり上り坂もたくさんありました」と振り返られるほど、起伏が続いた。

それでも13時半を過ぎたころ、坂道には歌声があった。アーサーが歩きながら賛美歌を歌い、日本語の歌から英語の歌へ、一曲が終わるとまた次の歌が続いた。朝、車内で歌った賛美は、午後には足音とともに道へ響いていた。

十字架を担ぐ人のそばを別の参加者が歩き、後ろから仲間が続く。歌う人、聞きながら歩く人、次に担ぐ時を待つ人。それぞれの仕方で、一行は同じ坂を上っていった。

歩みの終盤、13時53分ごろ、参加者から「来てよかった」「楽しかった」という言葉が続いた。長い説明ではない。暑さも坂もあった一日の終わりに、残ったのは二つの短い言葉だった。

佐渡の海沿いを十字架とともに歩く複数の参加者
景色が変わっても、十字架のそばに仲間たちの姿があった。
木々に囲まれた上り坂を十字架を担いで歩くアーサー・ホーランド
上り坂の道にも、日本語と英語の賛美が続いた。

一日の終わりに

13時55分ごろ、一行は一日の終わりの祈りをささげた。上り坂の多い道をともに歩けたことへの感謝が語られ、翌日の歩みも神がともにいてくださるよう祈った。

朝に受け取った御言葉によって、この日の道を楽しんで歩けたことも感謝された。坂の多さをなかったことにはせず、それでも最後に「来てよかった」「楽しかった」と言えた一日を、そのまま神に返す祈りだった。

祈りのあと、アーサーは仲間たちに、翌日また歩くときに大切にしたいことを話した。歩きながら交わり、互いのために祈り、分かち合うこと。そして、直接言葉を交わせない人のためにも、神に語りかけながら佐渡のリバイバルと魂の救いを祈れること。

とりなしの祈りは、この島のためだけにささげられるものではない。歩きながら誰かを覚えて祈るとき、祈る側の祈りも刺激され、成長させられていくとアーサーは話した。疲れてきたときには心の中で祈ることもできる。仲間と声を合わせることも、一人で静かに祈ることもできる。決まった一つの形に閉じ込めず、その時に与えられた仕方で祈っていく。

朝のディボーションで読んだのは、人の知恵や雄弁さではなく、神の力に信仰を置くことだった。午後、工事現場で働く方へ返した一言も、終わりに仲間へ語った言葉も、難しく飾られたものではなかった。祈り、歩き、出会った人に答え、また祈る。その繰り返しが、二日目の一日を形づくった。

最後にアーサーは、「また今日と同じじゃないからね。明日は明日の道を歩きますから」と仲間たちに話した。

その言葉を最後に、二日目の振り返りは終わった。朝から交わされた言葉と祈り、稲穂と海、参加者たちの足音が、この一日の記録として残った。

二日目の終盤、車のそばで十字架を囲むアーサー・ホーランドと参加者
一日の終盤、十字架のそばで歩みを振り返る。

DAY 03 REPORT / 2026.08.25

沈黙の中を、十字架は進んだ

三日目の朝、一行は「この日は主が作られた」と歌い、神の愛から引き離すものは何もないという御言葉を受けて道へ出た。この日の道には、10キロを超える沈黙の時間があったという。波の音、鳥の声、風、野の花。夕方に語られた道の証言と、再会の挨拶、そして食卓の祈りを記す。

DAY 03 小木町 → 松ケ崎西側 距離 24.3km
帰着後、車内で三日目の歩みを振り返るアーサー先生
帰着後、車内で三日目の歩みを語るアーサー先生。

SADO, DAY THREE

沈黙の道を歩いた一日が、夕方の言葉になって帰ってきた。

2026年8月25日。小木町から松ケ崎西側まで、実際に歩いた距離は24.3km。朝のディボーションを終えたアーサー先生、後藤さん、HIROさんは、祈りに送られて、その道へ出ていった。

夕方に語られたのは、10キロを超える沈黙、大工仕事をしていた方との出会い、再会の挨拶、そして食卓の祈りだった。

朝、「この日は主が作られた」

朝6時すぎ、三日目のディボーションは英語の賛美「This Is the Day」から始まった。詩篇118篇の一節をそのまま歌う賛美だ。歌はそのまま日本語へ移っていく。「この日は主が作られた。我らはこの日を喜ぼう」。この日がどんな一日になるのか、歌っている時点では誰も知らない。晴れるのか、坂はどれほどあるのか、誰と出会うのか。何も分からないうちに、まず喜ぶと歌ってから一日を始める朝だった。

この日の御言葉は、HIROさんが選んだローマ人への手紙8章38節からの一節。読まれたのはリビングバイブルの訳で、「神の愛から私たちを引き離すことができるものは何一つない」と始まる。死も命も、恐れも不安も、高く登っても海の底深く潜っても、どこにいようと、その愛から私たちを引き離すことはできない——畳みかけるように続く言葉を、皆で聞いた。これから歩む24.3kmの道へ出ていこうとする人たちにとって、「どこにいようと」という一語は、その日の島の道すべてを覆う言葉でもあった。

分かち合いの時間に、参加者の一人が自分の歩みを言葉にした。神から離れては、また戻りたくなる。その繰り返しだったという人生の話だった。

「ずっとおってくれたのに、勝手に自分で嫌いになって、勝手に自分を蔑んで、勝手に自分で傷つけて」
「ずっと変わらず、僕を好きで、愛して、大事に思ってくれてた」

離れていったのはいつも自分の側で、変わらなかったのは神の側だった、という告白である。誰かが解説を足す必要のない言葉だった。この朝読まれた「引き離すことができるものは何一つない」という御言葉が、一人の人生の言葉で言い直された時間だった、と言ってもいい。

アーサー先生は、それを受けるように、自分の満足だけを求める愛と、与え、ささげ、仕える神の愛との違いを話した。そのうえで、苦しみをこう言い直した。「だから苦しんだことは幸いだ。それによって神の愛を知ることができるようになった」。続けて、聞く一人ひとりへの勧めがあった。「忘れないでおこう、この愛情豊かな方とデートをすること。その時は誰とも話さないで、奥まったところでこの方と交わること」。締めくくりは、気負いのない一言だった。「今日、その方の愛を心の中に思いながら生きましょうか」。

車内で朝のディボーションを語るアーサー・ホーランド
御言葉を受け取り、それぞれの道へ向かう朝。

道へ出た一行

祈りの時間には、この日歩く人たちの体と足が覚えられ、事故やけがからの守りが祈られた。小木町から松ケ崎の西側まで、実際に歩いた距離は24.3km。朝のディボーションを終えたアーサー先生、後藤さん、HIROさんは、祈りに送られて、その道へ出ていった。その一日がどんな言葉になって夕方に帰ってくるのか、この時点では、まだ誰も知らない。

※この日の道中は撮影されていない。ここから記す道の出来事は、夕方に帰ってきた本人たちが自分の言葉で語った証言に基づく。

大工仕事の手を止めて

道の途中、大工仕事をしていた方が一行に声をかけてきたのだという。「昨日、何人かの人が十字架担いで歩いてると聞いたんですけど、これなんですね」。前の日から、十字架を担いで島を歩く人たちの話が、その方の耳に届いていた。見かけて驚いたのではない。聞いていた話と、目の前を進んでいく十字架とが、その方の中で結びついた瞬間だった。歩く人たちより先に、歩みの知らせが道の先へ届いていたことになる。「今日は大工のおじさんも声をかけてくれたね」と、アーサー先生は帰着後に振り返っている。

沈黙の十キロ

この日の行進には、いつもと違う時間があった。「何も言わず沈黙で歩こうっていう時もあって、イエス様と今は祈ろうって、みんな黙って、沈黙の中10キロ以上歩いたよね」とアーサー先生は語る。一緒に歩いた一人も、その時間を「あれはすごいいい時間でしたね」と振り返った。歩いていると、つい話すことに意識が向く。けれどこの日は違った。「今回は一人で向き合える時間になったんで、いろんな人のために祈りながら」歩けたのだという。すぐ隣に仲間がいながら、それぞれが一人で神と向き合う。沈黙は孤独ではなく、祈りの形だった。

その沈黙の区間がどこからどこまでだったのか、正確な距離がいくつだったのかは分からない。「10キロ以上」は、歩いた本人たちの実感である。長かったのか、あっという間だったのか。それはきっと、その時間の中で何をしていたかによる。彼らはその間、祈っていた。

アーサー先生はこの日、「ほとんど初めから終わりまで、十字架を担がせていただきました」と話す。「俺もすごく楽しかったし、沈黙の中でのJesusの交わりもすげえ良かったし」。そして、沈黙の中で受け取ったものを、こう言葉にしている。

「何でも話すだけじゃなくて、黙って……沈黙になって歩いてたら、波の音は聞こえるわ、鳥のさえずりが聞こえるわ、風を感じるわ。野の花が、俺流に言えば賛美してて感じる」

思い起こしていたのは、「天は神の栄光を語り告げ」と始まる詩篇19篇だという。「沈黙していると……神の声がここまで今日も響いてんだってことが感じれる」。朝のディボーションには、「誰とも話さないで、奥まったところでこの方と交わること」という勧めがあった。その言葉が、その日の道の上で、10キロを超える沈黙という形で生きられていた。

初日のフェリーの上で、アーサー先生が海を見ながら「この沈黙の中に神がいるのに」と言いかけて、言葉を切った場面があった。あのとき誰も続きを急がなかった一言の続きが、三日目の道の上で、歩くという形で果たされていたのかもしれない。

「まあ、いい日だった」

午後3時すぎ、アーサー先生、後藤さん、HIROさんが戻ってきた。道の出来事は、報告書のような順序では出てこない。大工の方のこと、沈黙のこと、野の花のこと。思い出したことから、ぽつりぽつりと言葉になっていった。その話には、成果を数える言葉がなかった。何キロ進んだか、予定どおりだったか——そういう報告よりも先に、出会った人のこと、祈りのこと、耳に残った音のことが語られた。測る一日ではなく、受け取る一日だったのだと分かる語り方だった。そして、振り返りの結びは飾らない一言だった。「まあ、いい日だった」。「ありがとうございます」「お疲れ様でした」。ねぎらいの声が重なって、一日の道はひと区切りついた。

道から戻り、三日目の歩みを語るアーサー・ホーランド
道から戻り、一日の歩みを言葉にするアーサー先生。

夕方の再会

午後5時をまわるころ、一行のもとを訪ねてくる人たちがあった。サルーキ=CHIYOさん、神山みささん、そして梨農園の小杉祥子さんとお母様。「こんにちは」「お疲れ様です」「お久しぶりです」「お母さん、お久しぶりです」。交わされたのは、久しぶりの再会の挨拶だった。

小杉さんのお母様のことを、アーサー先生は「結構、十字架行進によく来てくれて」と紹介した。道を歩く人がいて、その歩みを離れた場所から祈りで支え続けてきた人がいる。この夕方、歩いてきた人と、祈って支えてきた人が、佐渡の同じ場所で顔を合わせた。十字架行進の道は、担ぐ人だけのものではないのだと思わされる再会だった。

挨拶が一巡するころには、そこはもう、行進の帰りを待つだけの場所ではなく、人の集まる場所になっていた。数時間前まで沈黙の中を歩いていた人たちのまわりに、話し声が戻ってくる。沈黙も、にぎわいも、同じ一日の中にあった。

佐渡で再会し、夕方の挨拶を交わす人たち
歩みを支える人たちも集まり、声が戻ってきた夕方。

同じ食卓を囲んで

午後6時前、食卓が整い、食事の前に皆で祈った。

「この佐渡島で、このメンバーが集まって交わりできることに感謝します」
「今日の疲れがこの食事でリセットされて、明日の糧となりますように」

「アーメン」の声に「いただきます」が続いて、食卓が始まった。祈りの言葉は短い。けれど「リセット」と「明日の糧」という二つの言葉に、歩く旅の食卓らしさが表れていた。歩いた人も、夕方に訪ねてきた人たちも、同じテーブルについている。一日の過ごし方はそれぞれ違っても、囲む食卓は一つだった。

朝、神の愛から引き離すものは何もないという言葉を受けて出ていった人たちが、沈黙の道を歩いて帰ってきて、迎えに集まった人たちと食事を分けている。朝は神の愛、昼は沈黙、夜は交わり。誰かが設計したわけでもないのに、一日はそういう形につながっていた。

歌い出しの一節を、もう一度思い出す。この日は主が作られた。我らはこの日を喜ぼう。三日目は確かに、そのように過ぎていった。

食卓で参加者と語り合うアーサー・ホーランド
歩いた人も訪ねてきた人も、同じ食卓を囲んだ。

DAY 04 REPORT / 2026.08.26

その日に知り、その夜、洗礼を受けた

佐渡島十字架行進4日目の夜、真野シェアベースカフェでTALK & LIVEが開かれた。そこに、その日に急遽連絡を受けて初めてこの集いを知った一人の女性がいた。賛美を聞き、アーサー先生のメッセージを聞き、ジーザスを受け入れ、「はい、信じます」と答えて、その夜のうちに洗礼を受けた。人の予定では組み立てられないその流れに、聖霊の導きがあった。

DAY 04 松ケ崎西側 → 羽二生 距離 25.7km
青い海を背に、十字架を担ぐアーサー先生と同行者たち
青い海と緑の斜面の間を、十字架と一行が進んだ。

SADO, DAY FOUR

その日に急遽知らされた集会で、その夜、一人の女性がジーザスを受け入れ、洗礼を受けた。聖霊の導きがなければ、ありえない一日だった。

2026年8月26日。佐渡島十字架行進は四日目を迎えた。8月23日に両津を発ち、五日間で島をめぐる行進は、行程の後半に入っている。

この日も一日は賛美から始まり、海沿いの道を歩き、昼にはパンと杯を分かち合った。夕方は真野シェアベースカフェでTALK & LIVEが開かれた。

朝、銀貨に刻まれた肖像から

2026年8月26日、佐渡島十字架行進は四日目の朝を迎えた。8月23日に両津を発ち、五日間で島をめぐるこの行進は、行程の後半に入っている。初日に洗礼の恵みがあり、二日目は稲穂と海の道を歩き、三日目には長い沈黙の時間があった。四日目の朝も、これまでの三日間と同じように始まった。この日も一日は賛美から始まり、歌い終えたところで聖書が開かれた。朝のディボーションで読まれたのは、マタイの福音書22章15節から22節である。

イエスを言葉の罠にかけようと、人々が税金の問いを持ちかける場面だ。カエサルに税を納めることは律法にかなっているのかどうか。納めよと答えれば、ローマへの反感を抱く人々が離れていく。納めるなと答えれば、帝国への反逆とされる。どう答えても足をすくわれる問いに、イエスは銀貨を一枚持って来させ、そこに刻まれた肖像と銘が誰のものかを尋ねた。カエサルのものです、と答えた人々に、イエスは言う。カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい、と。

問いかけた者たちは驚いて立ち去った、と聖書は記している。二千年前の問答は、しかしこの朝、遠い昔の切り返しの見事さとしてではなく、いま歩き出そうとしている自分たちへの問いとして読まれた。分かち合いの中で、この場面は次のように受け取られていった。

「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさいって言った時に、そういえば俺ら人間も神の似姿に似て創られて神に生かされているから、俺らは神に返さなあかんでやなと思った時に、どこを何をしたら神に返すことになるんだろうっていう中で。」

銀貨にカエサルの肖像が刻まれているのなら、カエサルのものである。それなら、神の似姿を刻まれている人間は、誰のものなのか。神のかたちに造られ、いまも生かされているこの命を、どこで、何をもって神に返していくのか。朝の時間は、その問いを皆で持つところまでで区切られた。答えを言い切って出発する朝ではなく、問いを携えて歩き出す朝だった。

車内で朝のディボーションを語るアーサー先生
賛美のあと、マタイの福音書22章が開かれた。

海沿いの道を、十字架が進む

四日目の歩行区間は、松ケ崎の西側から羽二生まで。距離は25.7kmである。道は多くの区間で海に沿っていた。青い海が広がり、白い護岸が先へ伸び、集落を抜けると緑の斜面が道のすぐそばまで迫ってくる。海と山に挟まれた細い帯のような道を、十字架と一行が進んだ。

この歩みを導いたのはアーサー先生だった。十字架を担ぎ、海と山に挟まれた細い帯のような道を、祈りを携えて先へ進んでいく。その歩みに、仲間たちが寄り添った。道幅にあわせて列の形が変わっても、十字架を掲げて進む方向は変わらなかった。

沿道の景色は、歩く速さでしか受け取れないものでもある。車ならひとまとまりに流れていく海も、護岸も、家々の玄関も、歩く者の前には一つずつ現れて、一つずつ後ろへ過ぎていく。その速さが、そのままこの日の祈りの速さになった。

青い海を背に、四日目の道をともに歩いたアーサー先生と同行者たち
海を背に、四日目の道をともに歩いた一行。

道行く人のための祈り

この日の歩みには、祈りが織り込まれていた。車で移動する間も、道を歩く間も、一行は目に入る暮らしのために祈った。通り過ぎる車の中の人々のために。沿道の家々に住む一人ひとりのために。顔も名前も知らない相手のための祈りが、道の進みにあわせて続いた。

「神様、どうかあなたの大いなる恵みによって、この道行く車の中の人々、また島の人々……この天地を創造されたあなたの大いなる愛がその人に注がれているんだということを、このイエス様の十字架を通じてはっきりと知らされ、悟られますように。」

祈られている側は、自分が祈られていることを知らない。車で行き合う人の目に映るのは、十字架を担いで歩く人の姿だけである。それでも、と一行は祈る。すれ違ったその数秒の向こうで、注がれている愛に気づく時が来るように。十字架を担いで歩くことと、とりなして祈ることは、この行進の中で切り離せないものになっている。アーサー先生は、歩きながら祈ることについて、こう話している。

「この家々の一人一人がJesusに出会いますようにとか、どこかで救われたクリスチャンが証人になっていきますようにとか、そうやってとりなしの祈りをしながら歩くとかさ、それは神様聞いてくれて、不思議な御業を起こすからさ。」

言葉にして祈る時間だけではなかった。波の音のほかに何も聞こえない、静かに歩くだけの時間も海辺の道にはあった。話すことも祈りなら、黙って歩くこともまた祈りになっていた。

海沿いの道で十字架とともに歩くアーサー先生と同行者たち
十字架のそばで、島の人々を覚えながら歩いた。

道の途中のパンと杯

昼の休息の時間、一行はパンとぶどうの杯を分かち、聖餐の時を持った。教会堂の中ではない。行進の途中の休息の場が、そのまま食卓になった。

後藤さんが、マタイの福音書26章、最後の晩餐の箇所を読んだ。十字架を前にした夜、イエスが弟子たちとパンを裂き、杯を回した場面である。二千年前にイエスが弟子たちに手渡したものと同じしるしを、島の道を歩いてきた者たちが、休息の場で順に受け取っていく。

祈りの中では、イエスが私たちの罪のために死んでくださり、よみがえってくださったことを忘れず、福音を語り、御言葉を行う者になれるように、そして、いつもそばにいてくださったと確信できる歩みとなるように、と願いが言葉にされた。

聖餐は、忘れないための食卓である。パンを口にするたび、杯を手にするたび、あの夜のイエスを思い起こす。教会の長い歴史の中で守られてきたこの食卓が、この日は佐渡の道の途中に置かれた。歩き疲れた体で受け取るパンと杯は、会堂の椅子で受け取るものと同じでありながら、体にはまた違う重みをもって届いたはずである。朝のディボーションで受け取ったのは、神に生かされている命をどう神に返すのかという問いだった。昼のパンと杯が指し示すのは、その神の側が、先に命を差し出してくださったという出来事である。返し方を探している者たちに、先に与えられていたものの大きさが示される。朝の問いと昼の聖餐は、道の上でそのように響き合っていた。食べ終えれば、また歩き出す。特別な会堂も祭壇もない場所で持たれたこの時間は、歩くことと信じることがひと続きであることを、静かに示していた。

佐渡の道の途中で小さな杯を手に聖餐の時を持つ一行
行進の途中の休息の場が、そのまま聖餐の食卓になった。

夕方六時、真野シェアベースカフェ

歩みの一日は、夕方、屋根の下の時間へつながっていく。18時、真野シェアベースカフェで「TALK & LIVE」が開かれた。開場の時間にあわせて人々が集まってくる。その中に、その日に急遽連絡を受けて初めてこの集いを知り、その夜、会場へ来た一人の女性がいた。

夜を満たしたのは、賛美だった。サルーキ=CHIYOさんと神山みささんのギターと歌声が、一曲、また一曲と重ねられていく。海沿いの道で歩調にあわせてささげられていた祈りが、夜は歌の形をとって、同じ部屋に集まった人々の間に広がっていった。

賛美のあと、アーサー先生がメッセージを語った。切り口の一つは、静まることだった。静まると、自然の音が聞こえてくる。耳を澄ませているうちに、自分の心の内側にある思いにも気づくようになる。波の音を聞きながら海沿いの道を一日歩いてきた者たちには、そのまま届く言葉だった。そして静けさは、道の上だけのものではなかった。歌と歌の間に、言葉と言葉の間に、この夜のカフェにも同じ静けさが流れていた。その日に急遽集いを知らされてここへ来た彼女も、その言葉を同じ部屋で聞いていた。そしてこの夜、ジーザスを受け入れた。

その日に知らされ、夜に来て、アーサー先生のメッセージを聞き、ジーザスを受け入れた。そして同じ夜、その思いは「洗礼を受けたい」という願いへ進んでいった。

その夜のうちに、
「はい、信じます」

ジーザスを受け入れた彼女に、一冊の聖書が手渡された。『DATE WITH JESUS』。できあがったばかりで、まだほとんど誰の手にも渡っていない、十字架行進を記念してつくられた聖書だ。ページには、十字架を担いで歩いてきた道の写真が収められ、巻末には洗礼証明を書き込める欄が設けられている。手渡されたとき、その欄はまだ白いままだった。

その後、7分ほど経ったころ、彼女から洗礼を受けたいという思いが伝えられた。アーサー先生はその思いを受け止めた。「大丈夫」「もうここで」。そして「お水持ってきて」と声をかけ、「堅苦しくなく」と付け加えた。会場の一角が、そのまま洗礼の場になった。

「イエス・キリストを罪からの救い主として信じますか」
「はい、信じます」

問いは一つ、答えも一つだった。その場で洗礼が授けられ、集まった皆で祈った。これからの歩みのために。そして、初めてもらった聖書の言葉が、その歩みの励ましとなるように。

祈りのあと、『DATE WITH JESUS』の巻末の洗礼証明の欄に、この日の記録が書き込まれた。受け取ったときには白かった欄が、その夜のうちに、本人の洗礼のしるしで満たされた。初めてもらった聖書は、最初から自分の一歩が記された一冊になった。本人は「嬉しい。めっちゃ嬉しい」と喜んだ。

少し後、本人が口にした。「まさか今日洗礼するとは」。アーサー先生は答えた。「こういうふうな流れが、あなたにとって一番良かったんだと」。それは、誰かが前もって組み立てた流れではなかった。

その日に知らされ、夜に来て、アーサー先生のメッセージを聞き、ジーザスを受け入れ、その夜のうちに洗礼を受けた。聖霊の導きがなければ、ありえない一日だった。佐渡島十字架行進四日目の終わりに、距離では測れない新しい一歩が始まった。

DAY 05 REPORT / 2026.08.27

十字架は、両津へ帰ってきた

2026年8月27日、佐渡島十字架行進は最終日を迎えた。羽二生から両津夷へ、最後の13.9km。5日間で実際に歩いた104.8kmの道は、出発の地・両津へ戻った。車を止めた旅行中の家族、「あの人は誰ですか」と尋ねた女性、そして5日間で4人の洗礼。人の計画には書けなかった出会いの記録。

DAY 05 羽二生 → 両津夷 距離 13.9km
曇り空と海を背に、最終日の道を進むアーサー先生と十字架
曇り空の下、海を背に最後の13.9kmを行く。2026年8月27日、最終日の朝。

SADO, DAY FIVE

距離は計画できた。けれど、この5日間に道の上で起きたことは、誰にも計画できなかった。

両津を出発し、島の南側から東海岸をつないできた十字架は、この日、再び両津へ戻った。

終わりに残ったのは、数字だけではない。十字架を見て車を止めた人たちと、5日間に与えられた出会い、そして「不思議です」という実感だった。

両津へ戻る朝

2026年8月27日、朝8時前。羽二生の海沿いの道に、車輪の付いた長い木の十字架が下ろされ、5日目の歩みが始まった。アーサー先生を中心に、後藤さん、HIROさんがともに歩く。空は低い雲に覆われ、雨の予報が出ていた。

5日前、一行は両津を発った。島の南側を回り、東海岸を一日ずつつないで、再び両津へ戻る。当初の計画では5日間で合計99.0km、最終日は羽二生から両津夷まで9.8kmとされていたが、実際に歩いたのは5日間で104.8km、最終日は13.9kmだった。

この朝の道は、昨日までの続きであると同時に、出発した場所へ帰る道でもあった。歩き終えたとき、十字架は5日ぶりに両津へ戻っている。

曇り空の下に広がる、最終日の朝の穏やかな海
朝の海は穏やかだった。雲の下に、本土側の山並みが見える。

海の向こうに、本土が見える

道は海沿いを行く。集落を抜け、田畑の横を通り、松林のそばを進む。海は穏やかで、雲の下には本土側の山並みが見える区間があった。海を挟んだ向こう側に、5日前まで一行がいた陸地が横たわっている。

雨は降らなかった。強い日差しもない。十字架とともに歩く3人の足元を、道路の白線が両津へ向かって延びていた。

歩きながら、アーサー先生は、人に語る言葉で切り込むと自分自身も切り込まれる、だからお互いが成長するように人と関わることが大切なのだと話した。誰かに向けて語った言葉は、語った本人にも返ってくる。5日間、さまざまな人に声をかけ、また声をかけられてきた旅の終わりに、その言葉は交わされた。

田畑のそばで十字架とともに両津へ向かうアーサー先生と同行者たち
田畑のそばの道を両津へ。十字架とともに、3人で進んだ。

海の向こうから始まった祈り

途中、一行は立ち止まった。祈ったのは、佐渡島のため、そして、この十字架を目にする人々のためだった。

当たり前に思える一日一日が、実は神が立ててくださった奇跡のようなものだと、旅だからこそ感じる。この十字架を見て「一体、何をしているのだろう」と思った人の心に、イエス様の愛が注がれるように。いつか不安なとき、困ったとき、悲しいときに、この十字架を思い出し、神へと心が向くように。そんな祈りが続いた。

アーサー先生の祈りは、いま海の向こうに見えているものから始まった。

「本土からこの佐渡島を見て、『いつかあそこに行きたいね』と言っていた。その俺たちが佐渡島に来て、こうやって歩いていることを感謝します」

本土の海岸から眺めていた島を、いま自分の足で歩いている。祈りの中でそのことが言葉になったとき、残りの数kmは、ただの距離ではなくなった。アーサー先生は続けて、十字架を見る人たちが聖霊によってJesusと出会えるようにと祈った。

十字架を肩に、松林のそばを歩くアーサー先生
十字架を肩に、松林のそばを歩くアーサー先生。

問いが、人を立ち止まらせた

十字架を担いで歩く姿は、説明より先に人の目に入る。この最終日にも、実際に問いを口にし、車を止めた人がいた。

旅行中の家族は、朝、十字架を担いで歩く姿を見かけ、どうしても声をかけたかったのだと伝えてくれた。別の旅行中の女性は「あのダンディーな人は一体誰ですか」と尋ねた。何をして歩いているのか、次はどこを歩くのか。一つずつ話を聞き、案内カードを受け取った。

その後、アーサー先生は「どこで誰がどのように見てるかわかんねえよな」と語った。掲げて歩く十字架が、まず誰かの目に入る。目に入ったものが問いになり、問いが人に車を止めさせ、声をかけさせる。祈りの中にいた「一体、何をしているのだろうと思う人」は、この朝、実際に目の前へ現れた。

十字架とともに最終区間を歩くアーサー先生と同行者
十字架は、最後の朝も道行く人の目に留まった。

「これ最後なの」

終盤、両津港の船が見えてきた。初日に泊まった場所の近くも見える。「これ最後なの」「最後ですね」。出発した場所へ戻ってきたことを確かめる、短いやりとりがあった。

両津から延びた104.8kmの道が、5日をかけて、両津へ帰ってきた。

午前10時前、両津近くの松林と道路のそばで、歩みは終わった。十字架を車へ戻す前、互いに「お疲れ様でした」「ありがとうございます」と声を掛け合う。アーサー先生は、同行した仲間たちに「皆さんのおかげでございます」と感謝を伝えた。

その場で一曲の賛美が歌われた。十字架の愛によって罪赦された者として、自分のすべてを捧げる——そう歌う賛美だった。続く祈りでは、佐渡島の十字架行進の全日程を無事に終えられたことを感謝し、この行進がこれからも祝福されるようにと願った。

全行程を終え、十字架のそばで祈るアーサー先生と同行者
全行程を終えて。十字架を車へ戻す前、感謝の祈りをささげた。

人には組み立てられない歩み

当初の計画では99.0km、最終日は羽二生から両津夷まで9.8kmとされていた。実際に歩いたのは5日間で104.8km、最終日は13.9kmだった。しかし、その線の上で起きたことは、別の話である。

初日、片山さんご一家の3人が海で洗礼を受けた。4日目には、その日のうちに集いを知った一人の女性が、アーサー先生のメッセージを聞いてJesusを受け入れ、その夜に洗礼を受けた。5日間で4人が洗礼を受けた。

島で暮らす人がいた。工事現場で働く方がいた。道で思いがけず再会した人がいた。そして最終日の朝には、車を止めた家族と、アーサー先生の名を尋ねた女性がいた。そのどれひとつとして、予定表には書かれていなかった。

誰が立ち止まり、誰が尋ね、誰が海に入るのか。距離は人が計画できても、その道で起きることまでは、人には組み立てられなかった。

終了の直後、仲間の一人は「ほんま不思議ですね……不思議です」と振り返り、それも神の導きだったと語った。

その短い言葉が、5日間の歩みの上に静かに置かれた。曇り空の下、十字架は車に戻された。歩き終えるまで、雨は降らなかった。

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5日間の歩みを届ける。

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SCHEDULE

佐渡島十字架行進
5日間の記録

佐渡島全体のルートと、各日の出発時刻、区間、実際に歩いた距離をまとめています。

佐渡島をめぐる全行程

5日間のルート

104.8km

ルート線は行程の概略です。詳細は各日のGoogleマップでご確認ください。

地図データ © OpenStreetMap contributors

8月23日(日)

DAY 01

両津夷長石海水浴場

出発時刻9:00

距離16.7km

両津から南へ。海を横目に、佐渡での最初の一歩を踏み出しました。

Googleマップで区間を見る

8月24日(月)

DAY 02

長石海水浴場小木町

出発時刻7:00

距離24.2km

海沿いの道をたどり、島の南端・小木を目指しました。

Googleマップで区間を見る

8月25日(火)

DAY 03

小木町松ケ崎西側

出発時刻7:00

距離24.3km

小木から東へ。祈りを携えて、長い海岸線を歩きました。

Googleマップで区間を見る

8月26日(水)

DAY 04

松ケ崎西側羽二生

出発時刻7:00

距離25.7km

佐渡一周線(県道45号)に沿い、東海岸を北へ進みました。

Googleマップで区間を見る

8月27日(木)

DAY 05

羽二生両津夷

出発時刻7:00

距離13.9km

祈りの歩みをつなぎ、出発の地・両津でゴールを迎えました。

Googleマップで区間を見る

※ 掲載しているのは、実際に歩いた距離です。当日の出発時刻・コースは天候、道路状況、安全上の判断により調整しました。

2026.8.26 WED · 18:00 START

TALK & LIVE

EVANGELICAL GATHERING IN SADO

ARTHUR HOLLANDSメッセージ:アーサー・ホーランドMUSIC GUEST:サルーキ=CHIYO(千代延 大介 / ちよのぶ だいすけ)MUSIC GUEST:神山みさ

佐渡島十字架行進の期間中、8月26日(水)18時から、真野シェアベースカフェにてTALK & LIVEを開催します。アーサー・ホーランドのトークに加え、サルーキ=CHIYO、神山みさが音楽ゲストとして出演します。

日時
2026年8月26日(水)18:00 開始
会場
真野シェアベースカフェ新潟県佐渡市吉岡917-6
予約
後藤080-3927-1165
2026年8月26日18時 真野シェアベースカフェTALK & LIVE。トークはアーサー・ホーランド、音楽ゲストはサルーキ=CHIYOと神山みさ
A4チラシを大きく見る

PHOTO STORY

十字架とともに歩いた、これまでの記録。

十字架を担いで歩く姿を写真で振り返りながら、佐渡島へ続く歩みを見つめます。

一本道で木の十字架を担ぐアーサー・ホーランド

PREVIOUS CROSS WALKS

これまでの十字架行進

これまでの行進レポートや写真は、こちらからご覧いただけます。