信仰のことをだれかに話したい。けれど、「もっと聖書を知らなければ」「きれいに説明できなければ」と考えるほど、口が重くなることがある。佐渡島十字架行進2日目の朝、出発前の車内で開かれた第一コリント2章4〜5節は、そんな私たちの肩から力を抜いてくれる御言葉だった。

人を変えるのは、巧みな話術でも難しい知識でもない。神様に触れられた体験を、自分らしい言葉で差し出すとき、御霊が相手の心に働いてくださる。うまく話せない弱さは、証しを妨げる壁ではなく、神の力が現れる余白になり得る。

佐渡島十字架行進2日目の朝、車内で聖書を開きながら笑顔で語るアーサー・ホーランド
「自分らしい、自分の言葉で」。出発前の車内に、御霊に委ねて語る自由が分かち合われた。

朝の車内で、ことばから一日を始める

小さな賛美の後、「それでは今日の箇所ですが」と聖書が開かれた。これから十字架を担いで歩き出す前に、まず心を神様へ向ける時間である。朗読されたのは第一コリント2章。パウロは、優れた言葉や知恵によって神の奥義を伝えようとはせず、十字架につけられたイエス・キリストをまっすぐに指し示した。

雄弁さを武器にできる人が、あえてそれを頼みとしなかった。聞く人の信仰が人間の知恵ではなく、神の力に根ざすためだった。御言葉を学ぶことは大切だが、知識の量が人の心を変えるのではない。神ご自身が働かれることを信じて語る——この朝のディボーションは、そこから始まった。

出発前の車内前方で聖書を開き、朝のディボーションを進める参加者
行進へ出る前の静かな車内。賛美と御言葉によって、一日の歩みを神様へ捧げていく。
第一コリント2章4節の御言葉が画面に表示された車内の映像
「説得力のある知恵の言葉によるものではなく、御霊と御力の現れによるものでした」。

パウロでさえ、弱く恐れていた

最初に分かち合った一人が心に留めたのは、パウロが「弱くて、非常に恐れていた」と告白していることだった。かつて迫害する側にいたパウロは、イエスを伝える者となり、自分自身も迫害されるようになった。それでも歩みを止めなかった彼を支えたのは、話術や知恵ではなく、御霊の働きだった。

俺らがいくら聖書勉強したところで、背伸びして伝えても、その人たちには伝わらない。MORNING DEVOTION

背伸びした言葉は、たとえ正しくても、自分の実感から離れてしまうことがある。必要なのは、自分の内に御霊が宿り、御霊が言葉を与えてくださること。そのために、まず自分が神様との良い関係にとどまりたい——そんな率直な願いが語られた。

「喋るのは苦手」でも大丈夫

続いて、「私、結構喋るのが苦手で」と打ち明ける声が上がった。するとアーサー先生は、間を置かずに明るく答えた。

いいんだよ。みんな喋るのはうまくない。大丈夫よ。ARTHUR HOLLANDS

車内に笑いが広がる。しかし、その後に続いた証しは真剣だった。神様に触れられ、よくしていただいたことを思うと、話したくて仕方がなくなる。普段ならできないことでも、人に伝える場面では必要な言葉が与えられると感じることがある。「もっと御霊に満たされたい」。話すことへの不安は、そのまま神様を求める祈りに変えられていった。

朝の車内で、自分の体験を自然な言葉で分かち合う参加者
得意だから語るのではない。神様にしていただいたことを思う時、証しは自然な言葉となってあふれ出す。

シンプルな一言が、心に深く届く

別の参加者は、人の目を気にして落ち込んでいた頃の体験を語った。そんな時、兄から言われたのは「お前のことなんか誰も気にしてないよ」という、飾りのない一言だった。理屈を重ねた言葉ではないのに、気にしすぎていた心へ深く刺さったという。

神様は、私たちが思うほど複雑ではない。分かりやすく、シンプルに見せてくださる。聖書の言葉を難しく説明することよりも、その言葉を生きているかどうかが問われる。知識だけで頭を大きくするのではなく、御言葉に触れられた自分の生活そのものが、静かな証しになっていく。

第一コリント2章5節の御言葉とアーサー・ホーランドが映る画面
信仰の土台は、人間の知恵ではなく神の力。語り手ではなく、働いてくださる方へ目を向ける。

知識から体験へ——パウロを変えた出会い

アーサー先生は、パウロの変化をたどった。パウロは聖書の知識を持ちながら、イエスを信じる人々を激しく迫害していた。ところがダマスコへ向かう途上で光に照らされ、主ご自身に出会う。正しいと思っていた自分が、実は主に逆らっていたと知らされた。

御霊が働かなきゃ、俺は変わらなかった。ARTHUR HOLLANDS

頭で知っていたことが、出会いによって体験へ変わった。そこからパウロは、自分の弱さも恐れも隠さなくなった。プライドに縛られている時は、「自分は臆病だ」とさえ言えない。しかし弱さを認める時、人は神様とつながり、その弱いところに御霊の力が現れる。

車内でカメラへまっすぐ語りかけるアーサー・ホーランド
知識だけでなく、神様に触れられた自分の体験を語る。その言葉を御霊が用いてくださる。

御霊が働かなければ、魂は救われない

パウロは口達者だったから人々を動かしたのではない。イエスの御霊によって語ったから、単純な言葉でも人の心が開かれた。天地創造の初めから神の霊が動き、神の言葉が発せられたように、神の御業はいつも御言葉と御霊の働きによって始まる、とアーサー先生は語った。

今日もその御霊の力を信じましょう。御霊が働かなければ、魂は救われない。ARTHUR HOLLANDS

だから、自分の中に御霊がおられることを忘れない。話す前に短く祈り、相手を説得する責任まで自分で背負い込まず、働きを神様へ委ねる。私たちにできるのは、与えられた出会いの中で、自分が受け取った恵みを誠実に差し出すことである。

自分らしい、自分の言葉で語ろう

シンプルな、自分らしい、自分の言葉で、自分の体験に基づいて。ARTHUR HOLLANDS

格好よく話さなくていい。難しいことを言わなくてもいい。神様が自分にしてくださったことを、一文でも語ってみる。必要な言葉は御霊が与えてくださり、その向こうにいる一人の心にも、神様ご自身が働きかけてくださる。

続く祈りでは、十字架行進2日目の安全と、道で出会う人々の心に御霊が働くこと、そしてこの旅を終えてからも、それぞれが自分の場所で証しを続けられることが捧げられた。

車内で一人ひとりの心に御霊が働くよう祈るアーサー・ホーランド
見えるところでも、見えないところでも、出会う一人ひとりの心に御霊が働いてくださるように。

今日の問いに戻ろう。だれかに信仰のことを話す時、「うまく語らなければ」と構えていないだろうか。まず一呼吸置いて、「聖霊さま、必要なことばをください」と祈ろう。そして、神様が自分にしてくださったことを、自分らしい一言で話してみよう。人の知恵ではなく、神の力に根ざす信仰は、そこから始まる。