ここまで説明した内容をまとめて振り返ります。
御心を行う者とは
2026.07.01
皆様、本日はありがとうございます。今日は「御心を行う者とは」というテーマで、私自身の若き日の決意や賛美の記憶、そして聖書が語る本質について、マタイの福音書を通じて一緒に考えていきたいと思います。
本日のメッセージ
1
賛美と献身の回想
2
御言葉の問いかけ:「主よ、主よ」
3
歴史が示す教訓
4
良い実を結ぶ木と堅固な土台
5
御心に生きる喜び
© The Arthur Hollands Show
1
本日はこのような流れでお話しします。まず私の献身の回想から入り、次に聖書の「主よ、主よ」という問いかけ、歴史の教訓、良い実と土台の話、そして最後に御心に生きる喜びについてお伝えします。
賛美と献身の回想
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2
それではまず、私自身の賛美と献身の回想についてお話しします。
若き日の決意と賛美の記憶
ロサンゼルスで日本宣教の献身を決意
サーファーが集まる教会で牧師の激励を受ける
日本人教会のブランチで日曜学校の奉仕を経験
日本語で御言葉を語る表現力を磨いた原点
賛美を通して当時の自分の姿を鏡のように振り返る
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3
ロサンゼルスにいた頃、日本に宣教のために献身しようと決心しました。サーファーの多い教会の牧師に相談したところ、ぜひ行ってこいと背中を押されました。その後、日本人教会で日曜学校を教えたりしながら、日本語で御言葉を語る訓練を重ねました。今日歌った賛美は、その頃の切磋琢磨していた自分を思い出させてくれます。
働きながら神に仕える者たち
献身的なサポート
スケジュールをコーディネートし十字架行進を支える
日常の中の信仰
働きながら神の働きに携わる若き牧師たち
世代を超える繋がり
かつての少年が成長し家庭集会で御言葉を語る
切磋琢磨する関係
御言葉について率直に問いかけ合い励まし合う
© The Arthur Hollands Show
4
私の周りには、働きながら献身的に神に仕える後藤くんや光といったブラザーがいます。十字架行進をサポートしてくれたり、父親の仕事を受け継ぎながら教会を立ち上げたりと、彼らの姿を通して私自身も成長させられています。彼らと御言葉について語り合う中で、本日のテーマにも繋がる深い問いかけがありました。
御言葉の問いかけ:「主よ、主よ」
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5
次に、光くんからも質問があった、マタイの福音書のあの厳しい問いかけについて考えてみましょう。
マタイの福音書 7:22-23
わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな、天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。
— イエス・キリスト
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6
「主よ、主よ」と言っても、「私はお前を全く知らない」と言われることがある。多くの人がこの箇所に戸惑いを感じます。奇跡を行い、預言をしたと言っても、不法をなす者として退けられる。これは一体どういうことなのでしょうか。
「知る」と「行う」の知行合一
頭で理解する
知識の獲得
心を動かす
実行への意欲
実践に移す
行動の伴い
一体化する
真の理解
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貝原益軒が「知って行わざれば知らざるに同じ」と言い、陽明学が「知行合一」と説き、ゲーテが「知るだけでは不十分で実行しなければならない」と語ったように、「言うは易く行うは難し」です。言葉だけで「主よ」と呼ぶことと、実際に御心を行うことのギャップについて、私たちは自らを見つめ直す必要があります。
表面的な信仰 vs 真の信仰
表面的な信仰
言葉だけでイエスの名を語る
周りに迷惑をかけ独りよがりに振る舞う
人を見下し批判を繰り返す
自分の名誉や立場の確立を目的とする
真の信仰
赦された愛のゆえに御心を行う
キリストの品格へと変えられていく
聖霊の力により御霊の実を結ぶ
イエスとくびきを一つにし喜んで仕える
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8
教会に通い、聖書を読み、奉仕をしていても、それが自分の名誉のためであれば表面的な信仰に過ぎません。真の信仰とは、愛され赦されたことを深く自覚し、聖霊によって愛や喜び、寛容といったキリストの品格を日々の生活の中で実らせていくことです。
歴史が示す教訓
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9
この表面的な信仰と真の信仰の葛藤は、今に始まったことではありません。歴史を振り返ってみましょう。
聖書と歴史に見る信仰の姿
創世記
アダムとエバの堕落と渇望
出エジプト記
イスラエルの民の出エジプトと荒野
福音書
パリサイ人の律法主義とメシア拒絶
使徒の働き
パウロの迫害から回心への劇的変化
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アダムとエバの時代から、人は神を求めつつも自分が中心になりたいという思いに直面してきました。出エジプトの民も、奇跡を体験しながら不平を言いました。神学を知り尽くしたパリサイ人は目の前のメシアを拒絶し、パウロでさえ初めは神に仕えているつもりがイエスを迫害していました。主を知っていると思い込んでいる危険性は歴史が証明しています。
時代に流される教会への警告
組織神学やシステム化が人間性よりも優先される危険性
ナチス時代のドイツ教会に見る世俗との妥協とイデオロギーへの傾倒
ボンヘッファーが黒人教会で体験した生き生きとした福音の喜び
現代の教会も世の中の流れに迎合し聖書の真理を曲げるリスクがある
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現代においても、教会がシステム化され、人間味や真の交わりが失われる危険があります。ナチス時代のドイツの教会が時代の空気に流されたように、現代の教会も世の中のイデオロギーに安易に迎合してしまうリスクがあります。ボンヘッファーが黒人教会で見出したような、生ける神との真の関係を取り戻す必要があります。
良い実を結ぶ木と堅固な土台
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では、私たちが真の信仰を持つために必要なことは何でしょうか。
良い木は良い実を結ぶ
STEP 1
イエスという幹にとどまる
STEP 2
愛と御言葉に根ざす
STEP 3
聖霊の働きを確信する
STEP 4
キリストの品格の実を豊かに結ぶ
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13
イエスは「良い木は良い実を結ぶ」と語られました。ぶどうの枝が幹につながっていなければ実を結べないように、私たちもイエスにとどまることで初めて、愛や喜びといった御霊の実を結ぶことができます。実を見れば、その人が本当に主と繋がっているかが分かるのです。
岩の上に建てる家 vs 砂の上に建てる家
岩の上に建てる家
御言葉を聞いて行う賢い人
イエス・キリストを人生の土台とする
嵐や困難が来ても決して倒れない
十字架の贖いと神の力に頼る
砂の上に建てる家
御言葉を聞いても行わない愚かな人
地位や名誉など世の価値観を土台とする
困難に直面するともろく崩れ去る
自分の行いや表面的な信仰に依存する
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さらにイエスは、御言葉を聞いて行う人を「岩の上に家を建てる賢い人」に例えました。どんなに美しい家を建てても、土台が砂であれば嵐で崩れてしまいます。私たちの人生の土台を、地位や名誉ではなく、確固たる岩であるイエス・キリストに据えることが不可欠です。
御心に生きる喜び
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最後に、御心に生きることの本当の喜びについてお伝えします。
十字架の贖いと恩寵
罪からの救済
自らの罪を自覚し神の憐れみを乞う
恵みの受容
十字架による贖いと聖霊の力を受け取る
新たな命の歩み
古い自分に死にイエスと共に新しく生きる
喜びに満ちた宣教
受けた恵みを自発的な喜びとして人々に伝える
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私たちは皆、罪人でしたが、イエスの十字架によって救われました。古い自分は十字架につけられ、新しい自分として生かされています。この圧倒的な恵みを受けたからこそ、私たちは義務感からではなく、喜びをもって神の御心を行い、その愛を人々に伝えていくことができるのです。
ここまで説明した内容をまとめて振り返ります。
「主よ、主よ」と言うだけでなく、日々イエス・キリストと深く交わり、その御心を喜びをもって実践していく私たちでありたいと願います。神の御心を行う者となって歩んでいきましょう。本日はどうもありがとうございました。良い一日をお過ごしください。