1.忙しさに追われると、心の声を聞き逃す

用事が途切れず、返事を急ぎ、次の予定に追われる。そんな一日の中で、私たちは「忙しい」と口にしながら、自分の疲れや本当の願いに気づけなくなることがあります。

アーサー先生は、日本語の「忙しい」という字に心をなくす意味があると語り、忙しさが続くと心そのものを置き去りにしてしまう、と気づかせます。そこで問われているのは、予定を全部なくせるかどうかではありません。今、自分の心がどこにあるかに気づけるかです。

忙しいというのは心を滅ぼす、なくすと書くんですね。ARTHUR HOLLANDS · 00:06:01

心の余白は、まとまった休暇が取れるまで持てないものではありません。画面から目を離す、返事をする前にひと呼吸する、食事の味に気づく。短い間をつくることから、自分の状態を確かめ直せます。

梨の木の下で腰掛け、マイクを持って語るアーサー・ホーランド
01梨の木の下で、忙しさの中に心の余白をつくるよう語りかける。

2.自然の流れを眺める「間」をつくる

この農園に来ることで、日々の生活から少し離れ、いのちの豊かさを味わえる。アーサー先生は、日本人の美学を「間」の美学と呼び、人と人との間、空間や時間に生まれる余白の大切さに目を向けます。

鴨長明や夏目漱石、サン=テグジュペリの名を挙げながら、自然をじっくり見る人の観察力にも触れます。川の流れを眺め、泡が生まれては消える様子に目を留める。その静かな時間が、乱れた心を見つめ直す機会になるのです。

相当じっくり川の流れを見ているから、その流れを見る間を作って、ARTHUR HOLLANDS · 00:11:21

同じ景色を見ていても、急いで通り過ぎるときと、足を止めて眺めるときでは、心に届くものが違います。梨の木の下で風や光を感じるように、身近な場所にも自分の心を取り戻す小さな余白を置いてみましょう。

枝に袋がかけられた梨園の木陰で、椅子に座って語るアーサー先生
02実を育てる枝々の下で、自然に目を向ける時間を語る。

3.梨の実りを支える人と、土を耕す方

梨の実がなるまでには、土を整え、木を手入れし、季節ごとの変化を見守る人がいます。農夫だけでなく、手伝う人がいなければ農園は成り立たない、とアーサー先生は語ります。自然の恵みと人の働きが重なって、目の前の果実が育つのです。

この農園も耕す人がいなければ、この農園は成り立たないんです。ARTHUR HOLLANDS · 00:13:52

創世記では、人は園を耕し、守る役割を与えられます(創世記2:15)。アーサー先生は神ご自身を耕す方として語り、人も神の働きに加わって、この地を耕す存在として生きるのだと話を広げます。

果実を「自分の力だけで実らせた」と考えず、支えているものに目を向けること。それは農作業だけでなく、暮らしの中で受けている助けや、共に働く人への感謝にもつながります。

梨農園の木陰で、マイクを持って話すアーサー・ホーランドの横顔
03梨が実るまでにある、人の手と自然の働きに思いを向ける。

4.耕す働きは、人の心にも向けられる

「耕す」という言葉は、畑を手入れすることだけを指しません。アーサー先生は、訪ねている玉川学園と小原國芳の全人教育にも触れ、教育を、人が自分のいのちや生きる意味を見つめながら育つように支える働きとして語ります。

教育も耕すんですよ、人の心を。ARTHUR HOLLANDS · 00:19:41

人の心は、急かしたり、思いどおりに動かしたりすれば育つものではありません。話を聞き、成長を見守り、その人の中にある力を信じる。畑で季節を待つように、時間をかけて関わることが、家庭や学校、職場にもあります。

自分も誰かに支えられて育ってきたことを思い出すと、今度は誰かの心を耕す側にもなれます。身近な人の話を遮らずに聞くことも、小さくても大切な助けになります。

梨園の木々に囲まれた場所で、手を上げて話すアーサー先生
04耕す働きは農業だけに限らず、人の心にも向けられる。

5.幹につながる枝として、実を結ぶ

メッセージは、梨の幹につながる枝を通して実がなる姿を、イエスのたとえへ結びつけます。枝は自分だけで実を生み出すのではなく、幹につながって養いを受けます。ヨハネの福音書15章5節で、イエスはご自分をぶどうの木、私たちを枝と呼び、ご自分につながる者が実を結ぶと教えます。

アーサー先生は、実りに至るまでには手入れの過程もあると語ります。成長が思いどおりに進まない時期があっても、それだけで見放されたと決めつける必要はありません。神に愛され、養われながら、自分も人を支える枝として歩むことができます。

この方はいつも俺たちを愛してるんです。ARTHUR HOLLANDS · 00:28:29

梨園の木陰で、マイクを持ち片手を差し出しながら語るアーサー先生
05実りを急がず、幹につながって育つことを語る場面。

6.神は、私たちのところへ来てくださる

梨農園の木々を見上げると、天と地をつなぐ枝の姿が目に入ります。アーサー先生は、人が神と共にこの地を耕す存在として造られたと語った後、罪によって人間らしさを損なってしまう私たちのもとへ、神が来てくださることへ話を進めます。

神は俺たちのところに来てくれる。ARTHUR HOLLANDS · 00:29:46

人が神のもとへ届く方法を積み上げるのではなく、神が人の暮らすところへ来てくださる。アーサー先生は、その神の近さを、私たちを愛し、救うイエスの姿と結びつけます。疲れや失敗を抱えたままでも、助けを求めてよいのです。

神との関係が回復するとき、人と人との関係や、自分自身の生き方も少しずつ整えられていきます。梨農園で実りを分かち合うように、受け取った愛や平安を周りの人と分かち合う歩みが始まります。

枝に袋をかけた梨の木々の下で、片手を上げて語るアーサー先生
06天と地を結ぶ梨の木の下で、神の愛が人に届くことを語る。

7.今日、心を開く小さな一歩

終盤、アーサー先生は神に心を開く祈りへ導きます。信仰を持つことは、すべての悩みを一度に片づけることでも、立派な自分になってから神に近づくことでもありません。いま抱えている重荷を認め、助けを願い、イエスを迎えることから始まります。

今日、あなたに心を開きます。ARTHUR HOLLANDS · 00:38:29

心に「間」をつくることは、神の愛を受け取り、目の前の人に向き直る時間にもなります。忙しさの中で自分の心を見失いそうなとき、スマートフォンを置いて一分だけ静かにする。今日会う人の話を最後まで聞く。その小さな選び方から、神と共に耕す歩みを始めてみましょう。

梨園の木陰でマイクを持ち、手を広げて語るアーサー・ホーランド
07「今日、あなたに心を開きます」と招く祈りの場面。